【人物】モスクワに餃子バー開店!日本の食文化を伝える料理人 成功の秘訣は「ロシア人のため」に作らないこと

© 写真 : Vadim Malkovワジム・マリコフさん
ワジム・マリコフさん - Sputnik 日本, 1920, 15.06.2023
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ロシア全土で日本食レストランが乱立し、寿司やラーメンは定番メニューとなった。当然、日本食を手がける料理人も増えるが、その中でもワジム・マリコフさんは、業界の中で一目置かれる存在だ。マリコフさんは、モスクワの一流ホテルやヨーロッパのミシュラン店で働いた後、日本料理に転向し、昨年モスクワにオープンした「Gyoza Bar」(餃子バー)のブランド・シェフに就任した。日本食に目覚めた理由や餃子とラーメンへの愛、モスクワで異国の食文化を伝える難しさと喜びについて話を聞いた。
調理専門学校を卒業したマリコフさんは、夜間大学で学びつつモスクワのアララトパークハイアットホテルでキャリアをスタートした。その後、より広い世界を求め、ヨーロッパとロシアを行き来するようになる。マリコフさんはフランス・スペインのミシュラン店を含む複数のレストランや、モスクワのフォーシーズンズホテルで修行を重ねた。スペインでは専属パティシエとしてスカウトを受けたが、ビザの問題により断念し、ふたたびロシアに拠点を移した。
© 写真 : Vadim Malkovヨーロッパ修行時代のマリコフさん(後列左から4人目)
ヨーロッパ修行時代のマリコフさん(後列左から4人目) - Sputnik 日本, 1920, 15.06.2023
ヨーロッパ修行時代のマリコフさん(後列左から4人目)

偶然?運命?日本食に転向したきっかけ

2018年、ロシアに戻ったマリコフさんは、ノヴォシビルスクのレストラン王と呼ばれるデニス・イワノフ氏がプロデュースするシベリア料理店で働くつもりで、面接に行った。この出会いがマリコフさんの運命を変えることになる。この時イワノフ氏は、当時のロシアにおいてまったく新しい「居酒屋」というコンセプトをモスクワに持ち込み、本物のラーメンがいつでも食べられる店を作ったばかりだった。それがラーメン居酒屋バー「KU:」だ。マリコフさんは「KU:」における品質管理の責任者として、料理長に抜擢されたのである。
当時、イワノフ氏はスプートニクの取材に対し、メニューの多くは日本人の妻・白浜千寿子さんが考案したものであることを明かし「ロシアで一度も紹介されることのなかった日本食のブームを起こしたい」と話してくれた。そしてそれは見事に実現した。マリコフさんは「あの2人がいなければ日本との出会いはなかった。本当に感謝しています」と話す。
© 写真 : Vadim Malkov日本人の同僚だった高橋満男さん(右)に多くのことを教わった
日本人の同僚だった高橋満男さん(右)に多くのことを教わった - Sputnik 日本, 1920, 15.06.2023
日本人の同僚だった高橋満男さん(右)に多くのことを教わった

「KU:で働くことになり、生まれて初めて味噌ラーメンというものを食べました。これは何かすごいぞ!と思い、すぐにこの料理が好きになりました。単純な料理のはずなのに、ものすごく難しい。麺も、スープも、全てが理想的な状態で同時に提供されなければならない。ラーメンとは深い哲学なのだとわかりました。ラーメンに没頭するようになり、ラーメンだけでなく日本文化そのものにはまっていきました。日本食という未知の世界、しかも大きなチームでの料理長という経験は初めてだったので、正直、不安で怖い気持ちもありました。品質管理は非常に難しい仕事でした。仕事に慣れてきたのはようやく1年が経った頃です。当時、日本人の同僚だった高橋満男さんからは大きな影響を受けました。日本で研修する機会も頂きました。そこであらためて、KU:のプロジェクトの難しさや責任の大きさを痛感しました」

© 写真 : Vadim Malkov山形県の人気ラーメン店で研修 
山形県の人気ラーメン店で研修  - Sputnik 日本, 1920, 15.06.2023
山形県の人気ラーメン店で研修 
「KU:」はその後大きく発展し、店舗もお客さんも増えていった。厨房に日本人がいなくても、日本人客が離れていかなかったことは、マリコフさんの自信につながった。「KU:」では、ブランド・シェフとして「5年間自分の全てを捧げた」と話すマリコフさん。「モスクワでラーメンという文化の人気を高めることに、少しでも貢献できたのでは」と総括する。

餃子バーという新しい挑戦

「KU:」を去ったとき、マリコフさんの胸中には様々な思いが去来していた。「私はそのとき29歳で、落ち込んでいました。店に、私が何か貢献できることはこれ以上ないという気持ち、慣れ親しんだ快適な環境の外に出て自分を試さなければという気持ち、品質管理よりも、美味しいものをもっと自分で作りたいという気持ちがありました」と振り返る。そんなとき知人から「イタリア料理店撤退後の居抜き物件がある。何かやってみないか?」という提案が舞い込んだ。

「その物件を見て、直感的に、日本に似ている、ここで餃子バーをやろう!と思いました。まるで日本の路地のようで、その場所に惚れ込んでしまったのです。餃子をメインにしたお店をやりたいというアイデアはずいぶん前からありました。それまでモスクワにあった餃子は、私が思うレベルに達しておらず、皮が乾燥していたり、具材の切り方がよくなかったり、どれも何かが足りませんでした。予算がほとんどなかったので、内装にはお金をかけず、餃子製造機だけを購入しました。物件の特性上、使える電気の量が少なくて、お客さんがいたのにブレーカーが落ちて真っ暗になったこともありました。でも皆さんが、餃子を目当てに通ってくれました。ここで初めて日本人のお客さんを見たとき、本当に嬉しくて心臓が割れたかと思いました。

ビジネスモデル的には難しいとわかっていました。実際、開店して1~2か月の間、利益はゼロでした。でも日本文化は私に、何かをやるときに、お金のためにやるのではないことを教えてくれました。もちろん店をやっていくためにお金は稼がないといけないのですが、それよりまずはお手頃な価格帯で美味しいものを出して、餃子を人気の食べ物にすることが先だと考えました」

© 写真 : Gyoza bar餃子バーの人気メニュー
餃子バーの人気メニュー - Sputnik 日本, 1920, 15.06.2023
餃子バーの人気メニュー
しばらくすると、モスクワの大手外食チェーンやシーフードレストランが、「餃子バー」の冷凍餃子を業務用に仕入れてくれるようになった。さらにワインバーのおつまみとしても売れるようになった。マリコフさんは「質を認めてもらえたこともありがたいですが、これが日本の餃子という食べ物なんだ、ということをわかってくれる人が増えたのが嬉しい」と言う。
餃子バーは常連客を獲得し、2店舗目もオープンすることができた。これまで餃子バーを訪れた日本人の感想を筆者が個人的に集めてみたところ、人気のポイントは具材の高級感とジューシーさ、そして餃子本来のパリっとした皮だろう。ロシアの餃子の多くが、シベリア風餃子「ペリメニ」のような分厚い皮で作られているので、この違いは日本人にとって大きいのである。
© 写真 : Gyoza bar餃子バーの招き猫デザート 中身はレアチーズケーキ 
餃子バーの招き猫デザート 中身はレアチーズケーキ  - Sputnik 日本, 1920, 15.06.2023
餃子バーの招き猫デザート 中身はレアチーズケーキ 

モスクワ外食産業の問題点とは?

とは言え、餃子バーの営業は順風満帆ではなく、むしろ戦いである。それは、一般のロシア人が思い込んでいる日本食と、実際の日本食がだいぶ違うからだ。

「私は、ロシア人にうけるようなロール寿司などはやりません。乱暴な言い方ですが、ロシア人のために料理するのではなく、日本人のための日本料理を作ります。それこそが成功の秘訣なのです。それによってロシア人のお客さんが自分の味覚を新発見し、味覚の幅を広げることになります。例えば、餃子バーに有名なレストラン批評家が来ました。彼は味噌ラーメンにバターとコーンが入っているのが気に入らず、批判してきました。私は彼に、札幌味噌ラーメンの写真を送って、説明しました。でも彼は「これはロシア人のための食べ物じゃない、ロシア人はこういう風には食べない」と言うわけです。

ロシアには大衆向けの日本食チェーン店が多数あり、お客さんがよく入っています。そういう店は、2010年代に、日本料理の浸透にずいぶん貢献しましたが、今ではビジネス面、利益だけが強調されるようになりました。そこには日本の哲学というのはありません。アジア料理というコンセプトの店もどんどんできていて、トレンドではありますが、そこには日本文化はありません。ロシア人は「モスクワ風」の日本食に慣れてしまっているので、それを方向転換するのは難しいです。モスクワのレストランはおおむね特徴のない、似たような店ばかり。お客さんの中には、料理の質よりも、綺麗な内装の店で、くつろぎながらおしゃべりすることを優先する人も多いです。しかし私は、料理人としてユニークさを追求したいのです」

© 写真 : Vadim Malkovマリコフさんが手がける料理
マリコフさんが手がける料理  - Sputnik 日本
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マリコフさんが手がける料理
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日本の飲み会のように、お客さんがお酒と餃子でワイワイ盛り上がっているのを見るのが幸せだというマリコフさん。餃子という食文化を通して日本の文化そのものをロシアに浸透させ、もっと積極的にたくさん美味しいものを作りたいと話す。遠い将来の夢は、日本で腰を落ち着けて働くことだ。その日のために、日本語を勉強している。30歳になったばかりの若きシェフ。ロシアと日本をまたぐ壮大な挑戦は始まったばかりだ。
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