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【米軍普天間飛行場 移設を待ちつづけて30年】
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... 2026年4月17日, Sputnik 日本
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「世界で一番危険な基地」2003年、当時のドナルド・ラムズフェルド国防長官は、空から視察した普天間基地を「世界で一番危険な基地」と呼んだ。一体何が彼をそこまで震撼させたのだろうか? 基地は宜野湾市は人口密集地の中心にあり、周囲を住宅や学校、その他の民間施設にびっしりと囲まれている。このため、騒音はおろか、航空事故など、民間へのリスクが高い。安全や騒音の問題に加え、飛行中の航空機からの物体の落下や、米兵による暴行事件などに対して地元住民は長年にわたって抗議を続けてきた。1995年9月、3人の米兵が12歳の少女に性暴行を加えた事件は、沖縄だけでなく日本全国に激しい抗議運動を引き起こした。だが、こうした暴行はこれが初めてのことではなく、いまだに後を絶たない。そしてこの事件が引き金となり、日米は政府間で一連の協議を行い、その結果。1996年4月12日、両国は普天間基地を別の場所に移設することを条件に、その返還に合意したと発表した。米国は条件を提示日本側は当初、移転先として名護市辺野古の沿岸地域を選定し、5~7年以内に代替施設を建設する計画だった。これに対して米国は、新しい基地の使用が可能になり次第、普天間飛行場からの撤退を約束していた。ところが日本政府は辺野古でも大多数の住民の反対に直面した。辺野古基地建設に向けた準備は2017年に始まった。だが、地元自治体は反対し、住民の抗議、政治論争や訴訟は止むことはなかった。これについて当時の沖縄県知事、翁長雄志氏は次のように語っている。辺野古基地の建設はこれまで何度も中断と再開を繰り返してきた。当時から米側は辺野古基地に、普天間のような2740メートルの滑走路を1本作るのではなく、1800メートルの滑走路を2本を建設するという日本側の計画に納得していなかった。米国防総省の出した声明には、「代替滑走路の選定の完了は日本政府の責務であり、選定が行われるまでは、普天間基地は日本側に返還されない」と記されている。先日、米国防総省はこの声明を確証した。ところが小泉防衛相は自身のXアカウント上に、緊急事態発生の際の海兵隊による民間施設の使用の改善に関しては、必要な法的枠組みはすでに整っているため、これは当初の合意の変更には当たらないと明らかにしている。移転はさらに10年先送り沖縄住民の反対にもかかわらず、辺野古基地の建設は続いているが、技術的な問題などを含め、大幅な遅れが生じている。沿岸部の埋め立て工事で総面積66ヘクタールに及ぶ軟弱地盤が発見された。補強には7万本以上の杭を打ち込まねばならず、これで工期が延び、費用増加が発生している。新基地建設工事は大部分が防衛省の負担で進められている。2024年1月、内閣官房長官だった林芳正氏は、大浦湾周辺での工事開始を発表し、着実に工事を進めていくことが普天間飛行場の一日も早い全面返還を実現し危険性除去につながる、と従来の政府方針を繰り返した。変更後の工事開始から完了までに3年を要することを考慮すれば、普天間飛行場の全面返還は2036年頃となる。あの手この手で保持 米国に普天間飛行場は要る=専門家普天間飛行場および沖縄全体が米国の戦略的拠点としていかに重要か、中国現代アジア研究、日本調査センターのワレリー・キスタノフ所長は次のように語る。だが、キスタノフ氏の見解では、沖縄から米国が監視対象としているのはアジアだけではない。沖縄の米軍基地の触手は、世界の遠く離れた地にまで及んでいる。
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政治, 米国, 沖縄, 中国, 台湾, 米国防総省・ペンタゴン, オスプレイ
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【米軍普天間飛行場 移設を待ちつづけて30年】
1996年4月、宜野湾市の米海兵隊・普天間飛行場の敷地を沖縄県に返還することで日米の合意が成立してから、すでに30年が経過。この間に首相も県知事も何度も交代した。だが、沖縄県民の米軍駐留に対する闘争の象徴となった基地は、今なおその場所を占めている。普天間の移設は、沖縄における主要な政治課題となったまま、数十年にわたって長引いており、未だに完全に解決されていない。
2003年、当時のドナルド・ラムズフェルド国防長官は、空から視察した普天間基地を「世界で一番危険な基地」と呼んだ。
一体何が彼をそこまで震撼させたのだろうか? 基地は宜野湾市は人口密集地の中心にあり、周囲を住宅や学校、その他の民間施設にびっしりと囲まれている。このため、騒音はおろか、航空事故など、民間へのリスクが高い。安全や騒音の問題に加え、飛行中の航空機からの物体の落下や、米兵による暴行事件などに対して地元住民は長年にわたって抗議を続けてきた。
1995年9月、3人の米兵が12歳の少女に性暴行を加えた事件は、沖縄だけでなく日本全国に激しい抗議運動を引き起こした。だが、こうした暴行はこれが初めてのことではなく、いまだに後を絶たない。
そしてこの事件が引き金となり、日米は政府間で一連の協議を行い、その結果。1996年4月12日、両国は普天間基地を別の場所に移設することを条件に、その返還に合意したと発表した。
日本側は当初、移転先として名護市辺野古の沿岸地域を選定し、5~7年以内に代替施設を建設する計画だった。これに対して米国は、新しい基地の使用が可能になり次第、普天間飛行場からの撤退を約束していた。ところが日本政府は辺野古でも大多数の住民の反対に直面した。
辺野古基地建設に向けた準備は2017年に始まった。だが、地元自治体は反対し、住民の抗議、政治論争や訴訟は止むことはなかった。これについて当時の沖縄県知事、翁長雄志氏は次のように語っている。
「今の新辺野古基地の状況を見ると、古い人間なのかなと思うが、あの米軍占領下を思い出す。あの銃剣とブルドーザーで、家・屋敷をたたき壊して新しい基地を造って、そして県民の住む場所を奪いながら、今日までやってきた。そういったことを思い出して、今、新辺野古基地でやっている、国の新辺野古基地を埋め立てるやり方は、私から見ると、あの占領下の銃剣とブルドーザーとまったく同じ手法でもってあの美しい大浦湾を埋めようとしているんだなというふうに強く感じているところだ」
辺野古基地の建設はこれまで何度も中断と再開を繰り返してきた。当時から米側は辺野古基地に、普天間のような2740メートルの滑走路を1本作るのではなく、1800メートルの滑走路を2本を建設するという日本側の計画に納得していなかった。米国防総省の出した声明には、「代替滑走路の選定の完了は日本政府の責務であり、選定が行われるまでは、普天間基地は日本側に返還されない」と記されている。
先日、米国防総省はこの声明を確証した。ところが小泉防衛相は自身のXアカウント上に、緊急事態発生の際の海兵隊による民間施設の使用の改善に関しては、必要な法的枠組みはすでに整っているため、これは当初の合意の変更には当たらないと明らかにしている。
沖縄住民の反対にもかかわらず、辺野古基地の建設は続いているが、技術的な問題などを含め、大幅な遅れが生じている。沿岸部の埋め立て工事で総面積66ヘクタールに及ぶ軟弱地盤が発見された。補強には7万本以上の杭を打ち込まねばならず、これで工期が延び、費用増加が発生している。新基地建設工事は大部分が防衛省の負担で進められている。2024年1月、内閣官房長官だった林芳正氏は、大浦湾周辺での工事開始を発表し、着実に工事を進めていくことが普天間飛行場の一日も早い全面返還を実現し危険性除去につながる、と従来の政府方針を繰り返した。変更後の工事開始から完了までに3年を要することを考慮すれば、普天間飛行場の全面返還は2036年頃となる。
あの手この手で保持 米国に普天間飛行場は要る=専門家
普天間飛行場および沖縄全体が米国の戦略的拠点としていかに重要か、中国現代アジア研究、日本調査センターのワレリー・キスタノフ所長は次のように語る。
「辺野古への基地移転は、軟弱地盤や滑走路が短くなるなど、技術的な問題で遅れが生じている。民間空港の利用さえ検討されている。だが、移転が進まない根本的な理由は、米国が普天間飛行場を手放そうとしないことにある。普天間飛行場のおかげでアジア全域を常に監視下に置くことができるからだ。実際、米国は沖縄からはアジア全域を掌握し、あらゆる紛争地域へ必要な数の部隊、主に大型の輸送能力、高速性、長距離飛行能力を備えたオスプレイによる海兵隊の迅速な展開ができる。これは周辺諸国、とりわけ朝鮮半島、台湾、中国への米国の軍事的影響力を飛躍的に高める。要するに沖縄は事実上、中国および南西諸島の島々全体に向けられた米国の拠点なのだ」
だが、キスタノフ氏の見解では、沖縄から米国が監視対象としているのはアジアだけではない。沖縄の米軍基地の触手は、世界の遠く離れた地にまで及んでいる。
「1990年代初頭の湾岸戦争では、米軍はイラクに対抗する為に沖縄から空母を派遣した。そして今、トランプ大統領は米海兵隊を乗せた強襲揚陸艦をホルムズ海峡へ派遣せよと命じた。米国は日本の基地、普天間飛行場を含め、沖縄にある拠点を全力で保持しようとする。技術的な問題も、沖縄住民の抗議活動も米国の意思を妨げはしない。特に沖縄の人々は、紛争時に米軍基地が潜在的な敵の標的になることを理解している。そして彼らは、過去の戦争の惨禍を今も記憶に留めている。米軍基地の70%が、日本の国土のわずか0.5%に過ぎない沖縄に集中している。だからこそ沖縄県民は基地を否定的に見ている。沖縄の地元住民の全員が米軍基地の全面的撤去を求めているわけではなく、基地が日本全土により公平に分散されることを求めている者もいる。だが、米国にとって沖縄は戦略的に重要な拠点だ。米国は中央政府に圧力をかけ、中央政府は沖縄の自治体に圧力をかける。こうした背景を踏まえておく必要がある」