ロシアでは、この日だけでなく、2021年の1年を通じ、ドストエフスキー年とすることが宣言されている。モスクワでは11月11日に、2019年から改修工事が続いていたドストエフスキーの家博物館がリニューアルオープンする。この博物館は、ドストエフスキーの父親が医師として働いていたマリインスキー貧困救済病院だった建物の別館に位置している。ドストエフスキーはこの病院で生まれ、1837年、16歳のときにペテルブルグに移り住んだ。
ドストエフスキーの生誕200年に合わせ、モスクワのドストエフスキー記念図書館は、「近しいドストエフスキー」と銘打ったビデオプロジェクトをスタートした。1年にわたり、希望者がカメラに向かって、ドストエフスキーの作品の一部を読み上げたり、ドストエフスキーについて個人的に関心のあることなどを語った。撮影された動画が映画に編集され、ドストエフスキーの生誕記念日に初公開されることになっている。
1971年には、ドストエフスキーの人生や作品の研究者たちを結集させる国際ドストエフスキー協会が創設された。3年に1度、様々な国でこの協会のシンポジウムが開かれている。このほか、生誕200周年を祝って、ドイツ、イタリア、デンマーク、米国、アルゼンチン、トルコ、日本、ひいてはバチカン市国など、世界各国で、展覧会、会議、その他の行事が行われている。バチカン市国では10月にドストエフスキーの生誕200周年をテーマにした壮大な会議が開かれ、バチカン国務長官のピエトロ・パロリン枢機卿が参加した。
ロシアだけでなく、世界の人々が長年にわたり関心を持ち続けているドストエフスキーの普遍性と重要性とは何なのだろうか。ドストエフスキーについてのシリーズ本を執筆している国立モスクワ大学のイーゴリ・ボルギン教授にお話を伺った。
「ドストエフスキーが作品の中で当時の同時代人たちに投げかけた疑問は、今も解決されていません。彼の創作は、人間の心の片隅についてのガイドブックなのです。ドストエフスキーは作品の中で、今もわたしたちの周りにいるような人々について書きました。いま、わたしたちの周りにいる人々もまた、ドストエフスキーの小説の登場人物たちと同じ感情や情熱を持ち、悪徳や美徳を経験し、また富と貧しさ、尊厳と侮辱、高貴さと下劣さ、善と悪といった同じ問題に直面しているのです。
悪はこの世界から根絶されることはありませんが、人間の心は常に悪に対抗していくでしょう。人間の中には闇もありますが、光もあります。そしてドストエフスキーは、この光の力を信じました。ドストエフスキーの作品は、自分自身、そして他の人々をよりよく理解するのを助けてくれるのです」。
日本では、1892年に初めて、「罪と罰」の翻訳(有名な文学評論家の内田魯庵による英語からの翻訳)の一部が出版されて以降、原語からの翻訳が多数、出版され、日本文学にも多大な影響を与えた。2006年には亀山郁夫による「カラマーゾフの兄弟」の新訳が出版されが、この翻訳は、小説を、これまでの翻訳による読みにくさを克服するために、「生きた現代の言葉」に翻訳するという課題に挑んだものである。
そしてこの新訳は2008年には100万部の売り上げを記録し、大きな成功を収めることになった。日本では現在もドストエフスキーは高い人気を誇っているのだろうか。「スプートニク」は、日本学術振興会特別研究員の齋須直人氏にお話を伺った。
「スプートニク」:21世紀になってからも、日本でドストエフスキーは読まれていますか?
齋須直人氏:ドストエフスキーの作品は、日本ではロシア文学の作家の中で一番有名であり、世界の古典文学の中でもシェイクスピアに匹敵するほど有名です。ドストエフスキーを読む人も多いです。大学の教員が大学新入生に勧める本を10冊選ぶというようなとき、その中に『カラマーゾフの兄弟』や『罪と罰』を選ぶ教員は多いです。3年前に私が高校生向けにドストエフスキーに関する講義をしたとき、生徒25人ほどのクラスに、2人は読んだことがある人がいました。大学の世界文学についての大人数向けの講義をしたときも、10人に1人よりも多い学生が読んだことがあると言っていました。また、日本のロシア文学研究者の中でも、他の作家と比べても、ドストエフスキーを研究する人は多いです。
「スプートニク」:ドストエフスキーのどういうところが読者を惹きつけると思いますか。
齋須直人氏:もともとの作品の面白さに加え、言語を超えやすい要素が多いからだと思います。地域や時代を超える普遍的な問題を扱っていること、そうしたロシアの優れた作家の中でも、ロシアで最も偉大と見なされるプーシキンとは異なり散文であることなどが挙げられます。また、作品の多層性のためでもあると考えます。探偵小説のように読める日常的な層から、神話的、象徴的な層、聖書の層など様々な層があります。小説の中ではこれらが同時に存在しているので、その中のどれか一つにでも興味を持てれば読み進めることができます。さらに、難解な長編小説というイメージが強いことから、読み切ること自体が一つの挑戦になっており、難しいことに挑戦するという若者の欲求も満たしてくれます。
「スプートニク」:あなた自身がドストエフスキーに大きな関心を持つようになった理由を教えてください。
齋須直人氏: 高校生1年生のとき、国語の先生が勧めていたので興味を持ちました。先生は最初に中学生か高校生のときに読んだとき、『罪と罰』が面白くて止まらず読み続け、学校への登校中にも読みながら歩いていて電信柱にぶつかったという話をしていて、そこまで面白いのかと驚き、私も読み始めました。読んでみると、私も熱中して一気に読みました。次は『カラマーゾフの兄弟』を読んで、こちらもより一層面白く感じ、残りの作品も読みました。