ロシア政府側の動機
「これまでにシェルはエネルギー分野におけるロシアとのあらゆるビジネスを完全に停止すると発表しています。シェルの行動は、合意の「文言と精神」に反するものです。というのも、シェルのプロジェクトからの撤退は地政学的な理由のみを動機としているからです。そこで、ロシアが(外国企業の義務違反を理由に)自国の国益を守るために、特別な経済措置を講じても驚くべきことではありません。そして、日本企業にとっては本質的には何も変わりません。しかも日本側はこのプロジェクトを継続する意向を明らかにしています。そのために、日本企業に対しては、引き続き権利(合計22.5%)を保有するための申請を行うのに1ヶ月という期間が与えられているのです」
日本にリスクはないが、危険性は現れてくる
「このように、シェルは合意の精神に反するだけではなく、現在の(サハリン2のガス供給の)契約の転売をおこなっています。日本の企業もすでにガス供給の契約を結んでいます。従って、ロシアにとっては、日本企業がシェルと同じように『扉を閉めてしまう』よりも、プロジェクトを継続してくれた方が有益(両国の利益)なのです。つまり、日本の利益を損なうものは何もありません。ただ一つ、日本にとってあまり好ましくない点があるとしたら、それは、プロジェクトが国際的なものではなくなり、事実上、ロシアのものになるということです。サハリン・エナジーが保有するすべてが、新たに設立されるロシア企業を通じて、ロシアに譲渡されます。つまり、非友好国に対して、プロジェクトからの撤退を要請する権利がロシア側に残されるということです。これが日本にとっては唯一の『脅威』です。対露制裁を発動するという日本の『決意』が自国の経済における利益を損ねる可能性があるからです」
なぜ日本はシェルに比べ、決定を下すのが難しいのか?
「英国のシェルにとって、『サハリン2』からの撤退は、日本のビジネスに比べれば、それほど深刻なものではありません。日本が地理的にロシアからとても近いことを考えれば、日本にとって、サハリンのプロジェクトはきわめて有益なものです。輸送もしやすく、費用も最低限で済むというのは、とても重要なことです。ちなみに、(ペルシャ湾岸から日本に輸送される)LNGと石油の値段の3分の1は輸送費です。また、シェルはさまざまな国に多くの株を持つ多国籍企業です。英国にとって、『サハリン2』からの撤退は原則的なものであり、英国政府はそれぞれの国に対して何らかの補償を行う可能性があります。しかし、日本にとって、何よりも重要なのは、エネルギー安全保障です。そして、(輸入全体の9%を占める)サハリンのプロジェクトがなければ、エネルギー安全保障が損なわれることは明白です。日本はより脆弱な国になるでしょう。というのも、それを代替するのは難しい、あるいは不可能に近いからです」
「ちなみに、『サハリン2』のシェルの権益(27.5%)は、おそらくインドのエネルギー関連コンソーシアム(企業連合)に売却されることになると言われています。インドは今、シェルに代わってこのプロジェクトに参加することに非常に関心を持っています。というのも、地政学的理由により、インドは流動性の高い資産を大幅な割引価格(事実上、市場価格以下)で買うことができるからです。中国は、西側からの二次制裁を恐れて、今のところ、慎重な姿勢を見せています。インドも慎重ではあるものの、中国よりは大胆に動くことができます。なぜならインドは、米国にとって、アジアにおけるきわめて重要な戦略的同盟国の一つだからです」