岸田首相の「新しい資本主義」と社会正義
極東研究所日本研究センターのユリア・クリャチキナ上級研究員は次のように述べる。
「ジャパンタイムズ紙が3分野を選んだのは理にかなっています。アベノミクスへの批判を受けて、岸田首相は独自路線を打ち出すべく、「新しい資本主義」へのコミットメントを掲げて、新しい解決策を提示しました。このコンセプトには議論の余地が残る部分もありますが、新型コロナウイルスのパンデミック以降、経済の混乱が長引いていることから、今後は、経済成長を目指した、今までとは違う政策が実施されるでしょう。」
日本の個人が保有する金融資産は2000兆円に達しており、その半分以上が預貯金や現金である。こうした日本人の貯蓄を好む消極的な傾向こそが、政府の経済成長政策を台無しにしているのだと考えられている。そのため、政策を策定・実現するための「新しい資本主義実現会議」が立ち上げられた。
モスクワ国際関係大学東洋学科のウラジーミル・ネリドフ研究員は次のように述べる。
「今回の変革は、安倍政権下で始まった経済の構造改革の延長線上にあるものです。岸田首相は、その改革に新たなモチベーションを与えました。それが新資本主義であり、経済における国家の役割を縮小し、貧困層への分配を増やすことでより公平な所得分配を成し遂げることを意味しています。家計所得の滞留こそが消費低迷の主因だと考えているからです。岸田首相が提唱する「新しい資本主義」の基本にあるのは、家計資産から投資にまわる割合を増やす施策です。経済安全保障については、今に始まったことではありません。日本経済は輸出入に依存しており、これを脅かす要因はどんなものであっても、日本にとっては痛手です。」
日本の国境はまだ「少し開かれた」に過ぎない
ジャパンタイムズの記事がふたつ目の分野に挙げたのは「開かれた国境」である。観光客が着実に増加していたことで、幅広い観光インフラの整備が進められた。2019年の訪日観光客数は3100万人を超え、さらに4000万人を目指す計画だった。ところが、訪日観光客数は2020年には400万人に、2021年には24万5000人にまで減少した。今年6月10日から外国人観光客の受け入れを再開したものの、人数には制限があり、入国できるのは添乗員付きの団体観光客のみである。また、最近になって新規感染者数が急増し始めたことから、国内観光にもインバウンド観光にもブレーキがかかっている状態だ。留学生、研究者、技能実習生、出張者の受け入れも同様である。
ユリア・クリャチシキナ氏は言う。
「新型コロナウイルスのパンデミックでは観光客が大量消滅し、様々な分野に悪影響を及ぼしましたが、日本は国境を開くことに非常に慎重な姿勢をとっており、今後もその姿勢が続くでしょう。政府は世論のセンチメントを注視しているためで、世論はこの問題に慎重で、警戒心を持っています。多くの国とは違い、日本人はいまだにマスクの着用もやめていません。ですから、この問題への対処は非常に慎重で、段階的なものになるでしょう。」
一方、ウラジーミル・ネリドフ氏は、国境を開くことは労働力を集める上で必須の措置であり、そのため、この問題が長引くことはないと考える。ネリドフ氏は言う。
「どの国でも、観光業界はパンデミックの犠牲になりました。しかし、観光ビジネスの減収は、特に国内観光の振興策などにより、国内観光で補うことできる一方、熟練した労働力の不足はそのような施策で解決することはできません。日本では出生率を上げるためにさまざまな施策がとられていますが、それでもなお、働き手が不足しています。そこで、働き手として主に注目されているのが東南アジア諸国です。東南アジア出身の人々は、メンタリティも生活習慣も、他の国の人々に比べ、日本人に近く、多くの問題を回避することができると考えられているからです・・・」
安倍元首相の「積極的平和主義」は実現するのか?
ユリア・クリャチキナ氏はスプートニクのインタビューで次のように語った。
「日本にとって安全保障問題は、いまやナンバーワンの問題です。近年、米中関係が原因で緊張が高まっており、中国が台頭し、軍事力への自信も深めている。日本はロシアの政策を注視しており、北朝鮮には特に注目しています。岸田首相は、安倍元首相が2013年に打ち出した国家安全保障戦略を年内に見直すことを約束しました。これまでこの戦略は、どちらかというと曖昧で具体性に欠ける表現が多かったのですが、今回、政府は表現を具体化させるかもしれません。」
「米軍行動関連措置法を含め、一連の安全保障関連法を成立させたのも安倍政権下でのことです。日本は間違いなく日米同盟を堅持しています。日本はロシアと戦争をするつもりはないでしょうが、世界情勢は緊迫する一方です。そんななか、近隣諸国が力によって現状を変えようとしていることを日本が懸念しないはずはありません。これは日本の防衛政策の抜本的な変更につながるかもしれません。」