最初は一目惚れ
今回の「源氏の恋のバーバリウム」展のキュレーターを務め、鑑定・出版プログラムを率いるヴァレリヤ・ゼムルコワさんは展覧会が成立したのは「日本文化への深い知識を持っていたわけではなく、偶然の出会いで恋に落ちたから」と認めている。「宮山さんの作品と初めて出会ったのはヴォログダの画廊で、とても感動したので、財団に運ぼうと決めました。一目惚れで始まったわけですが、その後、たくさん読んで、勉強することになりました」
宮山さんはコンセプチュアルアーティストとしてスタートし、その後、エッチングに移行し、現在はアクアチントの技法で作品を制作している。アクアチントとは、金属に彫刻を施す技法で、エッチングやチゼルエングレーヴィングとは異なり、線やストロークではなく、染料を載せて、水彩画や墨を流したような色調の変化を作って描いていく。
レクチャーをするゼムスコワさん
© マリア チチワリナ
この時代に古の文学に傾倒した宮山さんは10年の歳月をかけ、54枚のエッチングを作り上げた。
中世に書かれた日本の長編小説『源氏物語』はロシア人にはあまり知られていない。それでも『源氏物語』はロシア語に訳され、4巻のうち1巻は『源氏』に出てくる日本の伝統、祝い事、詩歌の説明に全て費やされている。これを読んだゼムスコワさんはその感想を次のように語っている。
「この小説は本当に文学的技巧の最頂点に位置することに驚きました。日本に日本語による文学が登場するや否や、日本文学はすぐさま高みに達したわけです。話の展開は緩慢で、おびただしい数の人が登場するにもかかわらず、さらっと読めてしまい、今のことが書かれているように感じられます。ライトモチーフのひとつにあるのが、美の移り変わりです。花はそういう気分を反映したクインテッセンスであり、あっという間に萎れていくところに素晴らしさがあるのです」
うつろう美と独自の手法
『源氏物語』に登場する女性は、花の名前で呼ばれている。それが宮山さんの場合、彼女らは桜の一枝、アヤメの花、チューリップの蕾と花として表現されている。
藤裏葉、夕霧、宿木
© マリア チチワリナ
「版画は刷られたものを何層も重ねていく作品です。1枚1枚の層を別々に銅の板に作っていく。そのバックに宮山さんは金箔や銀箔を使っています」
「源氏の恋のバーバリウム」展
© マリア チチワリナ
宮山さんの版画は、伝統と現代の息吹の両方がうまく合わさっているところに特徴がある。
「花の表現は日本の伝統に完全に即しており、そこにあるのはただ花と背景だけです。ところが人間を描く時の宮山さんは伝統の枠の中にはありません。それは非常に現代風の西洋の技法で、ハイパーリアリズム、つまりディテールに注意を集中させた、思い切ったトリミングが使われています。クローズアップされているおかげで、源氏の目から、恋する男の目で女性を見ている、そんな感覚に襲われるのです」
展覧会が終了した後は、宮山さんの意思で作品は全て日本に返却されるが、ゼムスコワさんはこうした展覧会が日本とロシアの文化交流を維持することにつながれば、と期待を表している。ファンデーションは版画の展覧会、キュレーターらのエクスカーションの他に盆栽や茶の湯についてのレクチャー、お茶の試飲、水墨画のマスタークラス、生け花、書道教室を開催している。
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