「日本は別の星」
スプートニク:何がきっかけで日本に来られたのですか?日本に暮らして何年になりますか?
シャムラリエフさん:日本に来たのは2008年です。それまでロシア国立ワガノワ・バレエ・アカデミーで、中高学年にクラシック・ダンスを指導していたのですが、そのとき、アカデミーと協力関係にあった日本の代表団がやってきて、日本のバレエスクールで仕事してみませんかと誘いを受けました。それ以来、日本で低学年、中学年、高学年のクラスを指導しています。
アルマズベク・シャムラリエフさん
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スプートニク:日本という国、また日本人の印象はどうですか?
シャムラリエフさん:日本に来たばかりの頃はカルチャーショックを受けました。日本は別の国ではなく、まったく別の星だとはよく言ったものです。物事に対しても、生活に対しても、その接し方というものがまったく違っています。日本人には独特の生活習慣と哲学があります。そして日本にはまったく違ったメンタリティーがあります。これらすべてはとても際立っています。
日本に来たときの印象はとても良いものでした。そして、ここに自己実現の可能性があると感じました。そして、ある意味で実際にそうなったと思います。ロシアにある専門学校の教育システムを見てみましょう。ロシアは8年教育で、小学校、中学校、高校という3つのレベルの教育レベルがあります。1人の教師が1つのクラスを受け持ち、そのクラスだけを指導します。
しかし、今、わたしはこの3つの学年を1つにしたクラスを受け持っています。つまり、小学生、中学生、高校生を同じクラスで教えています。それぞれの生徒にどのような指導をするのか、将来的にどのような選択肢を与えることができるのか、具体的な教育機関で授業を受けた方がいいのかなど、わたしが自分で決めています。生徒の一人一人の可能性を見極めます。もちろん、ご両親の合意があって、ですが。また常に、生徒の希望や可能性―これは体力的、肉体的なことだけでなく、創作能力に関するものを含め―を考慮しています。
「日本の生徒たちはとても責任感が強く、努力家である」
スプートニク:ロシアの生徒と比較して、日本の生徒たちの良い面はどのようなところですか?日本人の特徴というものはありますか?
シャムラリエフさん:わたしの指導経験から確信を持って言えることは、日本の生徒は、わたしが何か間違いを指摘し、このように直すべきだと指導すると、必ずその間違いを直すということです。1回目の注意ではできなくても、2回目には必ずやってきます。すべての生徒が、先生の言うことを敬意を持って聞き入れます。注意深く耳を傾け、そこを改善すべく努力します。すべてがすぐにうまくいくわけではありませんが、わたしはその結果にいつも満足しています。ときに結果がわたしの期待を大きく上回ることもあります。
生徒の前島アンナさんとアルマズベク・シャムラリエフさん
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わたしの生徒たちはきわめて素晴らしい結果を出し、そのうちの多くが最終的にさらなる研鑽を積み、自己実現しています。日本人はとても責任感が強く、努力家です。わたしの生徒のほとんどは、いつも必ずレッスンの準備をしてきますし、100%全力投球しています。しかも、週に何回レッスンを受けているかは重要ではありません。
スプートニク:ロシアと日本のバレエの教育法の違いについて、どう思われますか?
シャムラリエフさん:ロシアで「バレエのアーティスト」というのは、ディプロマ(特定の修了証書)を与えられた職業です。ロシアでは学生たちは長期間にわたる教育を受け、その間にバレエのあらゆる方向について学びます。たとえば、ロシアの学生たちは、低学年の教育論の勉強では3つの科目を学びます。それはクラシックダンス、キャラクターダンス、ヒストリカルダンス(歴史舞踊と宮廷舞踊)です。
日本にはそのような国によってまとめられたプログラムはありません。すべてのレッスンは民間のシステムで行われています。日本には、教育法をシステム化し、確立するような学校はないのです。
ロシアのメソッドは「ワガノワ・メソッド」一つです。このメソッドはかなり前に承認され、細かく規定されたもので、わたしたちはそれに沿って学んでいます。日本では、「ワガノワ・メソッド」以外に、フランスや英国、イタリアのやり方も指導されています。ただ、教師たちがこのメソッドをどれだけ「理解しているか」というのは疑問です。
どの教師も、最終的には、自分の生徒たちを、自分が教えているメソッドが確立された国で学ばせようとしているように思います。たとえば、わたしなら、自分の生徒をワガノワ・アカデミーに派遣できるため、生徒がワガノワに受かるような指導しています。
「生徒たちにロシアの劇場で働く可能性を与えたい」
スプートニク:これまでにどれくらいの日本人の生徒を指導されてきたのですか?
シャムラリエフさん:いろいろな時期の生徒をあわせると100〜120人ですね。指導レベルも異なります。
スプートニク:指導されていた生徒の中に、日本やロシア、その他の国で高いレベルでキャリアを継続している方はいますか?
シャムラリエフさん:ええ、わたしの元で学んでいて、その後、専門の教育を受け、プロになった人もいます。たとえば、日本の代表的なバレエ団には、いずれも、わたしの生徒が3〜4人ずついます。それから卒業後に、ワガノワ・アカデミーに入学した生徒もいました。彼女は、ロシアの有名なバレリーナであるディアナ・ヴィシニョーワやオリガ・スミルノワを育てたウラジーミル・コヴァレフのクラスで学びました。彼女はその後、日本人バレリーナとしては、初めてプロ契約を結びました。そこにはわたしの功績もあると自負しています。
現在までに、ロシアのバレエ学校やアカデミーに入学し、そこを卒業して、契約を結んだ学生はたくさんいます。わたしは、自分の生徒に基礎的な教育を施し、その後、専門学校で学ばせ、バレエ団と契約を締結させるということで、「一つのサイクルが完了する」と考えています。ですから、いつもこのような形になるよう努力しています。つまり自分の生徒がロシアに行き、卒業証書を手にし、ロシアの劇場で働けるようにするということです。ヨーロッパやアメリカのバレエ団で働いている生徒もいます。
モスクワでのサマーコースとボリショイ劇場の訪問
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クラシックバレエが好き 「日本人はチャイコフスキーとプティパが大好き」
スプートニク:なぜ日本ではバレエが人気なのだと思いますか?
シャムラリエフさん:日本人は音楽にしても美術にしても、何世紀にもわたって存在してきた古典的なものが大好きなのだと思います。バレエもすでに数百年にわたって存在する古典芸術と言えます。日本人はチャイコフスキーとプティパの作品が大好きです。これは世界的なロシア・バレエを作り上げた2つの柱です。
日本で行われるバレエの宣伝を見てみてください。70〜80%はプティパの作品です。「コルサール(海賊)」、「ラ・バヤデール」、「ドン・キホーテ」などです。もちろん、日本人は「眠れる森の美女」、「白鳥の湖」、「くるみ割り人形」など、チャイコフスキーも大好きです。バレエという視点で見れば、これは最高峰です。音楽も、振り付けも天才的なものです。日本の観客はこれらの作品をとてもよく理解し、満足感を持って、楽しんでいます。
また日本ではモダンバレエはあまり招待されることがありません。もしそうした公演があったとすれば、それは基本的に1回公演です。招待されるのは、主に世界的なクラシック・バレエを中心としたレパートリーを持っているバレエ団です。その意味では、日本の観客はある意味で保守的と言えるでしょうね。
一方で、日本では最高のものを招待するのに慣れています。わたしの理解、そしてアカデミックな理解では、それがまさにチャイコフスキーとプティパなのです。
スプートニク:ロシアと日本のバレエダンサーの中で、特に傑出した人物を挙げることはできますか?
シャムラリエフさん:ロシアのバレエ・ダンサーの中では、ルドルフ・ヌレエフ、ミハイル・バリシニコフ、ウラジーミル・ワシリエフだと思います。彼らはわたしにとって生きた模範であり、アイドルであり続けています。あのようなダンサーは今後もう現れないかもしれません。
日本人の中では、熊川哲也を挙げることができます。彼はクラシックのダンサーですが、バレエにおいて頂点を極めました。
チャンスを活かしてほしい、ロシア留学を怖がらないで
スプートニク:最後の質問です。新型コロナや昨今の世界情勢で、あなたのお仕事に何か影響はありましたか?
シャムラリエフさん:パンデミックは社会のあらゆる層に影響を及ぼしました。しかも日本だけでなく、世界中で、です。コロナのピーク時には、わたしの仕事もストップしました。しかし、生徒たちの、バレエをやりたいという気持ちが薄れることはなく、制約が緩和されたことで、レッスンを続けることができました。
現在の国際情勢ですが、残念ながら、これも影響はあります。ロシア留学をしたいという人をたくさん知っていますが、皆、ロシアに行くのを怖がっています。わたしは、そういう人たちに、ロシアに行くのを恐れる必要はないと言いたいです。すべてのロシアの教育機関は国立で、外国から来た生徒たちの身の安全は保障されています。また、重要なのは、バレエというのは若いときに学ぶべきものだということです。時間はすぐに過ぎてしまいます。ロシアに行きたいと思っている人たちはそのことを必ず考えるべきです。
わたしは、ロシアのいくつかのアカデミーの代表をしています。そのアカデミーも、書簡で、学生たちの安全は必ず保障すると書いてきてくれています。生徒たちは、学校や先生、指導者が、外国の生徒に対してより細かい注意を配ってくれ、特別な配慮をしてくれていると実感することでしょう。学校側は留学生活を送りやすい環境を整えてくれるはずです。ですから、ロシア留学を考えている人は、このようなチャンスをぜひ活用してほしいと思います。