【特集】ボリショイ劇場総支配人 日本人のバレエ好きには敵う人はほとんどいない

© Sputnik / Ilya Pitalev / メディアバンクへ移行ボリショイ劇場のウラジーミル・ウリン総支配人
ボリショイ劇場のウラジーミル・ウリン総支配人 - Sputnik 日本, 1920, 15.03.2023
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ロシアで最も有名な劇場であるボリショイ劇場は、制裁を受けているわけではないものの、海外公演の実施を一時停止している。しかし、国内ツアーの回数は大幅に増え、ロシアの大小の都市に住む人々を喜ばせている。ボリショイ劇場のウラジーミル・ウリン総支配人は、スプートニクとのインタビューで、劇場の舞台裏、レパートリーの形成について、自身とアーティストの人生における困難と喜びについて語った。ウリン氏は2023年7月に総支配人の就任から10年を迎える。
スプートニク:ボリショイ劇場はおそらく、その財政、経済、社会政策において「国家」に例えることができるでしょう。 そのような複雑で多くの集団をどのように指揮しているのでしょうか?
ウーリン氏:ボリショイ劇場には3400人の職員と、50以上の不動産(メイン以外のステージ、ワークショップ、幼稚園、クリニックなど)が存在します。このような劇場は、世界でも類がありません。これだけの規模になると、上から命令が下され、下の人がそれを実行するという垂直的なマネジメントの仕組みは通用しません。ですから、指導者にとって劇場が直面するタスクの実現について自ら決定を下すことができる、責任感の強いプロフェッショナルなチームを選び出すことが重要になります。管理レベルでは、演出や財務コストなどの決定で関与するのは基本的な部分だけで、それを実現するのはチームのメンバーの仕事です。私はチームの構成を部分的に変えるのに3〜4年かかりました。その結果、今はどのポジションでも、この劇場を愛し、目の前の課題を理解して、それを解決する能力のある人たちが働いている状態になったと思っています。
スプートニク:仕事の中で一番楽しいこと、悔しいことは何ですか?
ウーリン氏:ボリショイ劇場の支配人の仕事は、アーティストや演出家、振付家とともに純粋に楽しんだり、新しい作品を鑑賞するなどといったことだと考えるべきではありません。そういったものとはほど遠いのです。私はボリショイ劇場とは別に、モスクワ芸術座の学校の制作部門の責任者も務めていて、将来のマネージャーやプロデューサーを指導しています。最初に彼らに伝えたのは、今後の活動の90%は、想像を絶する数のビジネスペーパー、見積もり、スケジュールの承認、企画に関わる問題など、単調な管理業務だということです。
そして、喜びを与えることができるのは10%だけです。それ以外はハードなプロの仕事です。こういう仕事はうまくいけば、喜びをもたらすものになります。例えば、ゲスト・アーティストの受け入れは、到着スケジュール、ロジスティクス、滞在に関わる条件、料金の調整など、膨大な作業量になります。劇場ツアーでは、何百もの組織的な問題が伴ってきます。でも!温かい歓迎と熱狂的な反応に出会うと、信じられないほどの喜びを得ることになるんですよ。公演が終わったとき、アーティストがどれほど疲れているのか私には分かります。しかし、観客が発する愛のエネルギーが、アーティストの体力を回復させてくれるのです。そうなると、もう彼らが違って見えてきて、彼らの笑顔もそれまでとは別ものになるんです。私たちの仕事も同じで、一日中あれやこれやと問題に対処していても、舞台が成功すれば、元気を取り戻すのです。
スプートニク:状況に応じてスタッフに別れを切り出すことは難しいと感じていますか?
ウーリン氏:これは多くの場合、ボリショイ劇場が求める歌や踊りができなくなった人々と別れなければならないときに起こります。そして、そういった人たちが劇場とその歴史に多大な貢献をしてきた人々であることはよくあることです。この決定はとても難しいものですが、決断しなければなりません。私が長い時間をかけて培ってきた必要な資質の一つは、「ノー」と言う能力です。そういう場面は非常にたくさんあるし、さまざまな場合があります。最近も、観客に対して無礼を働いたマネージャーに別れを告げました。人々に敬意を持って話すことができない人はボリショイ劇場で働くべきではないので、私は「ノー」と言わざるを得なかったのです。
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スプートニク:総支配人は伝統をしっかりと守っていますか、それとも舞台の斬新さや実験を歓迎していますか?
ウーリン氏:ボリショイ劇場は、バレエとオペラの両方において、古典芸術の最高の伝統を保存するための博物館であることは確かです。しかし、これらは演劇であり、演劇は生きていることでしか存在できません。もし今日、観客と会話する現代的な言語を探さなければ、若者をひきつけなければ、前進することはないでしょう。そして、新しい言語の探求は、間違い、成功、失敗を常に伴いますが、こういったことはたいしたことではありません。これは普通の、活発な創造的なプロセスなのですから。ボリショイ劇場は、伝統を守りながらも発展していかなければならないし、発展していく際には失敗もあります。だから、私は近代化に賛成です!演劇は、観客の心に響いた時にうまくいくのです。
スプートニク:オペラとバレエの舞台数の比率はどうですか? どちらの方が好きですか?
ウーリン氏:バレエとオペラの数はほぼ同じですが、新作の本数ではオペラの方がバレエより若干上回っており、今シーズンはオペラの新作が4つ、バレエが3つある。音楽の領域においてはボリショイ劇場は世界の文化に含まれているますが、それでも人々の意識の中では、私たちはロシア初の国立劇場であるということです。だから、シーズンはロシア語のオペラで始まり、その後はイタリア語、フランス語、ドイツ語と続いていきます。上演可能なレパートリーは3年分を予定しています。そうでなければ、ダミアーノ・ミキエレット、プラシド・ドミンゴ、アンナ・ネトレプコといった人気の「スター」を招聘しても、彼らのスケジュールは3、4年先まで埋まっているので、彼らを受け入れることはできなかったでしょう。これは一般的なの交換プロセスであり、私たちに創造的な多様性の機会を与え、観客がさまざまな素晴らしいアーティストが出演する公演を見ることができるようにするためのものです。
ボリショイ劇場は制裁の対象外ではありますが、非常に残念なことに、ロジスティクスの問題や制裁の状況により、ボリショイ劇場のツアーは一時休止することになりました。しかし、私たちは外国の仲間とのコンタクトを続けています。現在、ボリショイ劇場はロシア国内でのツアーをたくさん行っていますが、中国や、ロシアと文化的なつながりを維持している国々でのツアーについて交渉を行っているところです。
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スプートニク:海外出張もお仕事のうちですよね。 一番記憶に残っていることは何ですか?また、ボリショイ劇場の公演の受け止め方は、国によって違いがありますか?
ウーリン氏:個人でも、ロシア連邦演劇活動家同盟で働いていた時も、18年間勤めたダンチェンコ劇場でも、ボリショイ劇場でも、海外には何度も行きました。 私が行ったことのない国はほとんどありません。私の記憶では、ボリショイ劇場のツアーで空席があったことは一度もありません。オペラでもバレエでも、どこもかしこも満席でした。私はいつも、その国の国民性、観客の特徴、演劇芸術に対する認識に強い興味を持ってきました。
つまり、なぜ日本人はこのように反応するのか、なぜ英国人は独特な反応をするのか、どうしてフランス人はまったく異なる反応をするのかということです。故安倍晋三首相のことを私は覚えています。安倍氏は東京で開催された「ロシアの季節」のオープニングに出席していました。このフェスティバルではスヴェトラーナ・ザハロワが『ジゼル』で踊っていたんです。安倍氏は、ザハロワと彼女の夫であるバイオリニストのヴァディム・レーピンを招待し、対談を行いました。もちろん、ツアー中は仕事が多く、自由な時間はほとんどありませんが、世界を知り、さまざまな人と話をすることはとても幸せなことで、この上ない喜びなのです。
スプートニク:2019年に旭日章を始め、多くの賞を受賞していることからも分かるようにあなたの功績は高く評価されています。それについてはどう感じていますか?
ウーリン氏:まず、これはとても素晴らしいことであり、そして、信じられないほどの美しさを持つ褒章です。天皇陛下のご署名入りの証書は、芸術品といえるでしょう。あまりに美しいので、証書は自宅の壁にかけてあります。自宅に来るお客さんに自慢するためではありませんよ。受賞はまったく予想外のことでした。同様の勲章を受けた人を私は知っていますが、彼らはロシアと日本の文化的結びつきのために本当に多くのことをしてきました。でも、振り返ってみると、ダンチェンコ劇場の日本公演をたびたび行い、ボリショイ劇場で日本公演を実施したりと、私も多くのことをしてきたと思います。日本大使館と一緒に、ボリショイ劇場で日本文化の日の開会式と閉会式を開催するなど、クリエイティブな交流がありました。そして、これがとても高く評価されたということを、とてもありがたく思っています。
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スプートニク:日本公演の時の印象はどうですか?
ウーリン氏:驚くべき国であり、地震、津波、台風の被害を受けやすい島々で暮らしている人々は特別な世界を持っているということです。こういった事柄は、日本の人々の生活の中にある種の特徴を留めているのです。私たちはダンチェンコ劇場の日本公演の際に、台風を経験しました。私たちは恐怖を感じましたが、日本人の行動の中には、そのような状況で生きることに慣れている人々の日常的な理性がありました。日本の観客は際立っています。日本人のバレエに対する愛情に匹敵できる人はほとんどいません。バレエダンサーにサインを求めたり、一緒に写真を撮ったりするために、大勢のファンが劇場の出入り口の廊下に並んでいたことを覚えていますよ。
私はいつも、この「栄光の道」を歩かないように、群衆の後ろに隠れて出ていきました。そして、観客が公演に対する感謝の気持ちをこのように表現したことに、ダンサーは幸せを感じていました。他の国でもこういったことは起こりましたが、日本ほどではありませんでした。ボリショイ劇場のプレミア公演のために飛行機でモスクワにやってきた日本のファンのことも知っていますし、アーティストのファングループができたことは言うまでもありません。驚くべき国であり、素晴らしい人々であり、芸術を愛する能力がある人々なのです。
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