【人物】バレエ界の生ける伝説ルジマトフ、10月に待望の来日!舞台「信長」への意気込みと日本に対する思い、芸術家としての矜持を語る

バレエファンなら、ロシアの伝説的カリスマダンサー、ファルフ・ルジマトフの名を知らない人はいないだろう。ロシア人民芸術家で、マリインスキーバレエ団の最高位ダンサーとして絶大な人気を誇り、ミハイロフスキー劇場バレエ芸術監督としても名声を得た。立ち姿だけで、とてつもない存在感を放つ彼が、10月に都内の舞台で、織田信長を演じる。信長という舞台に込める思い、60歳になっても衰えるどころか増していく魅力の秘密、そしてロシアの芸術について、来日を目前に控えたルジマトフに聞いた。
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ルジマトフが踊るのは、日本舞踊の可能性vol.5『信長-SAMURAI-』(主催:代地)の織田信長役だ。木下藤吉郎〜秀吉を演じるのは、元ボリショイバレエ団ソリストの岩田守弘。そして信長に国を譲る齋藤道三と、信長を裏切る明智光秀の二役を演じるのは、日本舞踊家の藤間蘭黄(ふじま・らんこう)だ。バレエと日本舞踊を融合させたこの舞踊劇は、2015年の初演以来、2017年の東京公演、2019年のロシアツアーと、回を重ねるごとに、ファンが増えていった。
バレエと日本舞踊という組み合わせは一見異質に思えるが、それぞれの分野で傑出した踊り手のみが舞台に立ち、古典の原則に基づいた最高のものを見せることで、不思議と調和が生まれるのである。ルジマトフは、一流の踊り手には、踊りのジャンルに関わらず、内側に秘める力があり、それさえあれば視線やジェスチャーで相互理解がスムーズに進むと話す。
2019年、ロシアツアーを前に記者会見する藤間蘭黄。「信長」のおかげで多くのロシア人が初めて本物の日本舞踊に触れた
ルジマトフは、10月に控えた信長の再演は、再演とは言いつつも、これまでにない新しいものになるだろう、と感じている。

「信長というプロジェクトは非常に素晴らしいもので、これまでも上演するたび、新しい色彩に満ちていたように思います。振付こそ以前と同じですが、私たち出演者の内面の感覚は変わりました。全く同じ舞台というのはなく、日本のお客さんも、新しいものを見ることになると思います。

私のモチベーションはとにかく一つ。私は、踊りなしでは生きられません。踊りたいという気持ちは空気のようなもので、むしろそれは空気よりも必要かもしれません。踊りをやっている私たちは、幸せ者です。私たちは、自分の内面にあるものを舞台で表現することができ、さらに、人々に見せることができるのですから。何も表現するものがなければ、客席から拍手はもらえません。ダンサーの中にある知識や経験、感情が大きければ大きいほど、他の人に語りかけるものが大きければ大きいほど、お客さんが楽しんでくれる、と思います。」

日本文化に造詣の深いルジマトフは、武士道についての本を読むなど、日本の歴史や文学に親しんできた。数いるサムライの中でもカリスマ性と人気があり、独自の道を貫いた信長を演じることは、ルジマトフにふさわしいように思う。しかし彼の感覚では「歴史上の人物としての信長や、サムライを演じているのではなく、あくまでルジマトフとして踊る」のだと言う。舞台の上で自身の内面から生み出された感情を、信長に「与える」のが、彼のスタイルだ。
リハーサル風景
ルジマトフは、どこで何をしていても絵になるスターだ。自転車で颯爽と美しいサンクトペテルブルクの町を走り抜け、道を歩けば若い女性ファンに囲まれる。おそらく世界で最もセクシーな60歳だろう。自分の踊りに専念するため監督業から退いた彼は、舞踊生活40年を超えても、踊りに対する情熱を燃やし続けている。そしてそれを体現するため、毎日レッスンを続けている。
「大事なのは、内側から燃える火があることです。そして何かを欲することです。踊りに関することならば、私は常に学んでいたいのです。もし誰かにとって、その人が取り組んでいることがその人の全てであるなら、それは力を与えます。毎日何かを自分自身に強いることは、とても難しいです。でも結局、そうやって自分に強いることで、スタイルを保てます。張りがなくなって緩んでいくのはとても簡単です。練習をやめたら、1か月もあれば転がり落ちてしまいます。私たちの職業では、それは非常に早いスピードで起こります。」
ロシアバレエは、日本の観客に尊敬され愛されている。ルジマトフが来るとなれば、それだけで期待値がぐんと上がる。彼にとって何よりも恐ろしいのは、舞台を見た観客ががっかりすることだ。「もし客席が落胆に包まれたなら、私はそれをすぐに感じる、その時が引き際だ」とルジマトフは強調する。

「私は日本のお客さんは、私に対して非常に好意をもってくださっているように思います。私のことを実際より、高く評価してくれていると思います。そうやって、日本で私のことを待ってくれていればいるほど、より多くの責任があると考えています。日本のお客さんを失望させることは、決してできないとわかっています。お客さんが『もう期待したのと違う』と思いながら会場を去っていったら…それは最も恐ろしいことです。そのときは舞台から去らねばなりません。」

出演者3人揃ってサンクトペテルブルクでリハーサル
現代ロシアの芸術を象徴するルジマトフに、日本や欧米におけるロシア文化を拒絶する傾向、いわゆるキャンセルカルチャーについてどう思うか聞いてみた。最近はロシア関連の催しも少しずつ増えてきたが、一時期は、ロシアと名のつくイベントがほぼ全て自粛、バレエ公演でもチャイコフスキーの音楽は使わない、ロシア人のアーティストはキャスティングしないなど、多方面にわたり様々な困難があった。
「文化はこれまでもあったし、今もあるし、この先もあります。トルストイやドストエフスキー、プーシキンを拒絶したがっている、それはおかしなことです。ロシアのバレエをキャンセルすることなどできません。ロシアの文化は悪いものだと、話したり書いたりする人がいたとしても、そのせいで本当に文化が悪くなったりなどしません。私が思うには、反対に、それぞれの民族は、自分たちが持っている最良のものを互いに見せ合うべきです。民族とはすなわち文化であって、政治ではありません。そこには法的なものなどありません。民族の詩や踊り、生活風景、そして芸術。それが私にとって最も価値のある重要なもので、世紀を超越して後世に伝えられるものです。芸術は永遠であり、独立しているのです。」
岩田守弘さん外務大臣表彰、ロシアバレエ界で30年以上にわたり活躍 指導者としてまい進
日本舞踊の可能性vol.5『信長-SAMURAI-』は、10月25日および26日に東京都台東区の浅草公会堂で行われる。表題作のほか、3人の出演者によるソロ演目も楽しめる。一般席に加えて、直前見所講座やサイン付きプログラム、写真撮影などの特別特典が付いた公演支援席も発売中だ。問い合わせは代地まで。
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