政治学者らは、プーチン大統領にはこの15年、途方もなく多くの挑戦が突きつけられたものの、外交政策では粘り強さを発揮し、社会政策路線を揺ぎ無く推し進めてきたと評価している。プーチン氏という現象について、また大統領の発案でロシアがアジアへの転向政策をとったことについて、著書『ヴラジーミル・プーチン 現実主義者の対中・対日戦略 』(東洋書店)を表した石郷岡 建氏(いしがおか・けん・元毎日新聞モスクワ特派員)は次のように語っている。
「原則的にはプーチン大統領の政策に反対することは出来ないわけで、特に官僚や側近の人たちは反対ということは言わないと思いますが、私の感じでは、プーチンの考えにほとんど100%賛同してプーチンの政策を支持しているという人は、非常に少ない。プーチンの考え方の中には、中国が好きとかアジアが好きとか言うことではなくて、『極東地域と中国の間の発展の格差をどう縮めるかということは、ロシア国家にとって大きな問題である』という問題意識があります。
大きな話からいくと、資源、つまり石油・ガスに依存した経済を続けるか続けないかという話があります。たしかに、豪州のように、石油資源を売ることで国家を経営していくことも可能だと思います。しかし、石油資源があることによって国家が発展しないという面もある。つまり、あまり皆が一生懸命働かないし、あまり努力もしないで、流されてしまうというようなことがあるわけです。
ロシアはシベリアを持つし、石油を持つし、極東を持つ、と。それを抱え込んでいくからこそロシアなんであると。これがプーチンのユーラシア主義の根本にあると思います。無理であろうと、困難であろうと、それをせざるを得ない。それは彼が持っている国家観、もしくは国家主義観に関わる問題だと思います。この点については、それほどロシアの人たちは理解しているように思えないのですが。
で、シベリア・極東に関して言いますが、現状ではアジア、特に中国の経済圏と付き合っていくという場合に、対等な関係はあり得ない、と思います。たとえば、人口、労働力に関して言えば、圧倒的な差があるわけです。労働力のいっぱいある産業地域と、ほとんど資源以外に人口がないシベリア極東地域に、どのような平等な関係があるかと思うと、私は非常に疑問ですし、やはり豪州的な関係しかないのではないかと思います。たとえば極東地域の産業を発展させるという場合でも、圧倒的に労働力が足りない。ビジネス関係者から見れば、その地域へ産業投資するということは、僕はありえないと思う。にも関らずプーチンは、コスト計算を抜きにして、つまり儲かるか儲からないかを別にして、あの地域を発展させないと、シベリア・極東という地域はロシアという概念から落っこちていくと考えて、シベリア・極東開発を進めている。
中国の脅威はあるかどうかということですけども、それは分からないんです、いまのところ。しかし、経済的には、中国の経済力はここ10年か20年で米国を抜くという予測があって、その予測に近い形でものごとは進んでいる。つまり、ひょっとすると中国は世界最大の経済国になるかも知れない。最大の経済国になったとたんに、世界の状況は一変するだろう。これが脅威であると考えるか考えないかはその人によって違うでしょう。
日本について言うと、日本は、脅威だ脅威だといって叫ぶ割には、何もしない。日本は米国との関係があって、まあ米国とくっついておけばいいんじゃないかという考え方が、大多数です。私はそれとはまったくちがう考え方をしています。どういう考え方かというと、明らかに、米国の時代は終わる、と。これが私の考え方です。そのことについて、プーチンと私は一緒だと思う。
つまり、米国は太平洋地域、アジア地域から退がっていく。残されるのは日本とロシアである。日本とロシアが残された場合に、ロシアは中国とけんかしたり戦争することは出来ない。同様に、日本も中国とけんかすることは出来ないし、するつもりもない。両国は同じような立場にあるのです。もしも中国が大きな覇権国に向かって進むようならば、それはやはりちゃんとしたルールに基づいて大きくなってほしい、LC(貿易取引用語で「信用状」の意味)になってほしい。そのために、日本とロシアは、中国とけんかをするんではなくて、その脅威を和らげるために、軟着陸=ソフトランディングさせるために、協力しなくてはならない。それだけの問題なんです。もしかすると、中国は、LCにならないかもしれない。このままいくと、中国に内在する、中国内部にある問題で、内乱が起こるかもしれない。内乱が起きた時に困るのは、やはり日本、朝鮮半島、ロシアであって、米国ではない。その点において、日本とロシアの利害関係は一致している。中国についても、一生懸命「パートナーシップ」とか言ってますけども、見ている限り、中国に関してはっきりした意識はないと思う。それに対して、プーチンは、圧倒的に、アジア、日本のことを分かってるという感じがします。」