フェスティバルは、フランス・パリの「ブッフ・デュ・ノール」劇場の「町人貴族」で幕を開けた。これはモリエールの作品で、演出はデニ・ポダリデス氏、ジャンルはコメディ=バレ(バレエを組み込んだ喜劇)で、ジャン・バティスト・リュリの音楽に合わせて演じられる。なお劇中に流れる音楽は、モリエールがこの作品を書いたルイ14世の時代のものだ。このフランスの劇団は、フェスティバルの間、様々なジャンルのお芝居を5本上演する。
フェスティバルでは、もう一つ戦争をテーマにした演目がある。それは中国の京劇「楊門女将(楊家の女性将軍達)」だ。この作品は、京劇の中でも代表的流れの一つ、フーヂョウ(福州・福建省の省都)京劇団の有名な出し物だ。同京劇団は、チェーホフ・フェスティバルに向けて、2年前から準備を始めた。俳優達は、フランスや日本、シンガポールやマレーシアでも公演しているが、これらの国々では、作品の全体ではなく、その一部を紹介したにすぎなかった。今回ロシアの観客は、中国国外では初めて「楊門女将」の全幕を見る機会を持つ。京劇は、ロシアでは単にチャィナ・オペラと呼ばれているが、実際は、伝統的な中国の歌とパントマイム、武芸、アクロバットや踊りを、古くから伝わる中国楽器の伴奏のもと、調和的に一つにまとめた演劇芸術である。
また今回のフェスティバルには、南アフリカから初めて「イナラ」という名の演劇集団が参加している事も大きな話題だ。このグループは、アフリカのリズムに合わせた音楽舞踊ショーという観点から見た演技者のレベルの高さから言っても、非の打ちどころのない衝撃的で情熱的な魅力にあふれている。振付家のマーク・ボールドゥイン氏が、ジョゼフ・シャバラル氏とエッラ・スピル氏の音楽に合わせ演出した。スピル氏は、インタビューの中で「後でプロフェッショナルな音楽と一つにするため、南アフリカの動物達が発する鳴き声などを特別に研究した」と述べている。一方ボールドゥイン氏は「イナラ」の振り付けにはズールー人のダンスを用いた。作品はアフリカ文化の真の祝祭となっている」と主張している。
さて今回のフェスティバルに、東洋的なエキゾチズムをさらに加えてくれた演劇グループがある。それは、日本の演劇集団、静岡舞台芸術センター(SPAC)だ。彼らはモスクワに、自分達独自のバージョンによる古代インドの叙事詩「マハーバーラタ~ナラ王の冒険~」を持ってきた。しかし舞台でこの叙事詩をすべて上演するのは、恐らく不可能だ。それゆえ演出家の宮城 聰(ミヤギサトシ)氏は、ダマヤンティ姫とナラ王の愛の物語の部分を、自分達の舞台用に演出した。そして物語の時代を10世紀に、場所を日本に移し変えた。このお芝居は、25人の俳優兼ダンサー、オーケストラそして語り部により進められる。演者は皆、大変巧みで、観客は知らず知らずのうちにお芝居の世界に引き込まれてしまう。ロシアではまだ誰も、このお芝居を見た事がないが、効果的な舞台セットと目を見張るような衣装は、ロシアの演劇ファンの心をきっとつかむに違いない。
フェスティバルは、全部で2カ月以上続き、7月17日に幕を閉じる。プログラムは多彩で、かつ嬉しい事に庶民にとっても手頃な値段で、世界各国の演劇芸術の粋を直接見る事ができるため、チケット売り切れも出始めている。ロシア人の演劇好きは、昔も今も少しも変わらないようだ。