米艦は無線探査機のスイッチを入れたまま航行していた。すなわち諜報活動を行いながら航行していたのだ。それまでも米艦はソ連領海内で不審な動きを見せていた。ソ連側の諜報専門家によれば米側はソ連の海底通信ケーブルに特殊な情報取得用装置を取り付けていた。
しかし米艦は退去しなかった。ソ連艦は接近を開始した。「ベズザヴェートヌィ」司令官ボグダーシン氏は次のように述懐している。
「『ヨークタウン』は『ベズザヴェートヌィ』の3倍の排水量だった。サイズも2倍大きかった。衝撃で我が方は舳先が左へ、船尾が右へ急回転。互いの船尾が接近した。双方にとって危険な状態だ。当方には4管式魚雷が左右両側に備えられていた。発射準備は出来ていた。魚雷は衝撃で爆発するかもしれなかった。米艦側の尾部にはミサイル装置『ハープーン』が8基もあった」。
衝突後両艦は互いに向きを反転させたが両司令官はもとのポジションの回復を指令。ソビエト艦は再び米艦に接近する。今度はより強力な、そして効果的な示威接近いや衝角が行われた。敵艦のヘリポート部に衝撃が加えられた。哨戒艦の高い船首が敵艦のヘリポートに乗り上げその上にあったものを蹴散らした。この二度目の衝突で「ヨークタウン」はミサイル装置「ハープーン」4基を失い船上火災が発生した。
一方哨戒艦「ベズザヴェートヌィ」は「ヨークタウン」から距離を取り三度警告した。もし退去しなければ再度の衝角を行う、と。
「ヨークタウン」は艦載ヘリを発進させる気配を見せた。ソビエト艦は又しても警告を行う。「ヘリ発進の場合にはこれを領空侵犯と見なし、撃墜します」。現場に航空部隊が出動する。米艦上空に戦闘用ヘリMi-24が2機姿を現すと「ヨークタウン」は元来た方へ退却を始めた。そして中立水域へと去っていった。
黒海におけるこの出来事で米海軍は損傷を蒙った。「ヨークタウン」の司令官は更迭された。米議会上院は半年のあいだ地中海および黒海を拠点とする第6艦隊の諜報予算を全面凍結。米海軍はソ連領海12海里への侵入を忌避するようになった。