おそらく期待した人はいた。制裁は深刻だ。韓国は既にラジン港への鉄道建設計画からの離脱を表明、中国は北朝鮮商船の入港を禁じた。新制裁が続けば北朝鮮は間もなく大きな困難に直面することになる。この10年の経済状態改善など吹き飛んでしまう。北朝鮮指導部はおそらくそのことを分かっている。制裁で経済にひびが入り、もともと高くない生活水準がさらに低下しだすまで、時間はそう残されてはいない。今こそ手立てを打つ必要がある。
なぜ金正恩第一書記は最も安全で単純と思われる、核開発停止と6者協議復帰でなく、核兵器開発活発化という、最も危険な道を選んだか。答えは明解、北朝鮮は制裁強化に関する国連安保理決議を、単なる脅しと見ているのだ。北朝鮮がほしいのは、核兵器を断念すればユーゴスラヴィアやイラク、リビア、シリアのように北朝鮮が破壊されることはないという確実な保証である。北朝鮮は核危機の当初からそれを求めてきた。なお、北朝鮮の核危機は2001年、米国が、密かにウラン濃縮を進めているとして北朝鮮を非難、電力不足にあえいでいた北朝鮮経済が強く必要としていた軽水炉の建設計画を破棄したことに始まる。当時米国は、現実には北朝鮮には何らの核計画もなく、安全を保証するという要求など無視してよい、と、よく分かっていた。
弱者と取引する習慣など米国にはないのである。しかし、一連の核実験、ミサイル実験で、北朝鮮は僅かなりとも強くなった。民主主義や言論の自由がないといって北朝鮮を軽蔑するのは勝手だが、米国のお気に入りの多くの国、カタール、サウジアラビア、ウクライナなども、それは同じことだ。しかしこれらの国と違い、今や北朝鮮には核兵器がある。それだけでも、安全を保証せよという要求に耳を貸す理由には十分だ。北朝鮮に白旗をあげる気がないことが次第に明らかになっている。制裁と封鎖で袋小路に追い詰められた北朝鮮が、絶望のあまりどんな振る舞いに出るか。
米軍基地のある隣国・韓国や日本が支払わされることになる対価は、10年前より遥かに大きい。しかし韓国、日本、そして今や中国に対し、「悪童」金正恩への対処の仕方を口伝しているらしい米国の望みは、北朝鮮という問題を、核攻撃を含む先制攻撃によって北朝鮮の核及び軍事施設を攻撃することで解決することだ。今回の米韓演習「トクスリ」ではまさにそうしたシナリオが訓練されていると思しい。
米国のことも理解は出来る。金正恩第一書記をなだめるための、比較的簡単なやり口を見つけたつもりなのだろう。しかし隣国の北朝鮮が核の砂漠と化することを、果たして韓国や日本は望むだろうか。金正恩をより従順に、可愛くするには、核の鞭より外交の飴をともに試すことのほうが簡単ではないか。