ガスプロムの政治経済学(2016年版) (4)

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近く刊行する予定の『ガスプロムの政治経済学(2016年版)』(Kindle版)の第1章の途中からその抜粋を紹介したい。

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ガスプロムの政治経済学(2016年版) (1)
第1章 経済的側面からの考察

(2) 輸出を確保するためのガス輸入・買付と再販

ガスプロムは主として、欧州向けのガス輸出を安定的に行うために、あるいは、中央アジアなどの産ガス国(アゼルバイジャンを含む)への影響力を維持するために、こうした産ガス国からガスを輸入・買付たうえで、欧州諸国などへ再販している。ロシア領内にある幹線PLの輸送サービス利用を認めず、中央アジア諸国がロシア経由でガスを欧州諸国へ直接、契約に基づいて供給できないようにしているわけだ。

たとえば、ウクライナの国営のナフトガスによるトルクメニスタン産ガスの直接購入や、ウクライナのトレーダーや鉄鋼メーカーによるウズベキスタン産ガスの少量の買い付けは2005年にガスプロムによって停止され、直接購入ができなくなった。つまり、ガスプロムはウクライナへのガス輸送パートナーとしてロスウクルエネルゴ(2004年夏、ガスプロムとCentragas[フィルタシが90%、フルシンが10%を保有]の合弁会社)という仲介企業だけを認め、同社がガスプロムの管理・運営するガスPLを通じてトルクメニスタン産ガスを買い付け、ウクライナに再販するように改めたのだ。同時に、ガスプロムは国内の石油会社や独立系ガス生産会社からガスを買い付け、国内や海外のガス需要にこたえようとしてきた。

表11は、ガスプロムグループによって購入される、中央アジア・アゼルバイジャン産ガスの購入量の推移を示している(6)。「「遠い外国」への供給向け」とは、ガスプロムグループによる欧州諸国へのガス輸出のために、中央アジアなどからガスを購入している分を意味している。ガスプロムの所有するPLへの自由なアクセス権が認められていれば、中央アジアなどの諸国は直接、欧州の買い手とガス輸出契約を結べるが、これを許さないガスプロムは中央アジアなどからのガスをいったん国境で買い取るのだ。

近年の大きな変化と言えば、トルクメニスタン産ガスの購入量が大きく落ち込んでいることである。ここでは、トルクメニスタン、ウズベキスタン、カザフスタン、アゼルバイジャンとロシアとの関係について個別に考察してみたい。

表11割愛

①トルクメニスタン

2003年4月、ロシアのガスプロムとトルクメニスタンの国営企業トルクメンガスは25年にわたるガス部門での協力協定に調印した。これにより、ガスプロムはトルクメニスタン産ガスを国境で買い取り、それを欧州に高く販売し、トルクメニスタン側が直接、欧州企業と契約できないようにすることに成功した。しかし、2008年、当時のニヤゾフ大統領が価格形成を市場原則に任せるように改めるよう求めて以降、両国関係は悪化した。いわゆる「リーマンショック」の発生で、欧米経済が冷え込んだことから、ガスプロム側も欧州への転売のためのガス購入量やガス価格の見直しを求めた。2009年になって、トルクメニスタンはロシアへのガス供給を一時的に停止した。中央アジア・センターPLで爆発が起きたことが直接の原因だったが、トルクメニスタンからロシアへのガス供給の再開は2010年1月9日になってからであった。供給量は大幅に削減され、価格は欧州ガス市場でのガス価格決定方式に完全に照応した形で決定されることになった。

だが、2015年になって、ガスプロムはトルクメンガスとの価格交渉で合意に至らず、2016年1月からのガス購入を停止した。ガスプロムはトルクメンガスとの2003年協定をすべて破棄したというから、両者の対立は決定的とみられている。その後、両者の対立は尖鋭化し、7月、ガスプロムはストックホルム仲裁裁判所にトルクメンガスに対する約50億ドルの訴訟を起こすに至る。過去の支払い過剰分を返却するよう求めるもので、ガスプロム自体、欧州企業からガスプロムへの過剰支払い分の彼らへの返還を求められている。だが、2016年9月、ガスプロムはこの提訴を打ち切った。裁判に勝訴しても、実際に資金を回収するのは困難との判断からだという(Коммерсантъ, Sep. 16, 2016)。トルクメニスタンは外国仲裁裁定の認定に関する取り決めに参加していないため、仲裁裁判所の決定を強制できないというわけだ。この時点でガスプロムは2018年末まで同国からガスを買い付けないと表明した。

2国間の関係悪化の背後には、トルクメニスタン北西部にある南イオロタニ鉱区(ガス埋蔵量13.1兆-21.2兆㎥)からロシアのカスピガスPLまでを連接する「東西」と呼ばれるPL建設をめぐる対立があった。当初、ロシア国営のザルベジネフチガスが総請負業者となって建設に着手するとみられていたが、結局、年300億㎥の輸送能力をもつガスPL東西を国営のトルクメンガス中心に建設することに決め、2012年に着工し、2015年末に完工させた。シャトリクからベレクのガス加工ステーションまでの総延長773kmで、年輸送量は300億㎥。建設費は25億ドル規模とみられている。このPLはカスピ海東岸と西岸のバクーとを海底PL(トランスカスピガスPL)でつなぐことが可能であり、これが実現すれば、欧州への輸送ルートが拓けることになる。

トルクメニスタンの側からみると、2015年のガス採掘量は2014年比8.1%増の801.62億㎥だった。ガス輸出は全体としては前年比わずかに減少し、458億㎥となった(別の情報では、2014年の416億㎥から2015年の381億㎥に減少)。半面、国内需要は3.2%伸び、352.94億㎥になった。表11では、ガスプロムの資料として、ガスプロムグループによるトルクメニスタンからのガス購入が2014年の110億㎥から2015年の31億㎥に大幅に削減されたことになっているが、2015年のトルクメニスタンからのガス輸出量は480億㎥に達し、2014年の451億㎥よりも増加したとの情報もある。あるいは、トルクメニスタンからロシアへのガス輸出は2014年の90億㎥から2015年に28億㎥になったとする情報もある。

このトルクメニスタンからのガス輸出に注目すると、2015年の中国へのガス販売量は22億㎥増え、277億㎥になった。イランへのガス販売量は7億㎥増の72億㎥となった。他方、カザフスタンへのガス供給量は2014年の5億㎥から2015年の3億㎥に減少した。

トルクメニスタンから中国へのガスPLは「トルクメニスタン-ウズベキスタン-カザフスタン-中国」ルートの3本があり、総延長は約7500kmにおよぶ(図2を参照)。2009年末に最初の2本ができ、2010年末の段階の年輸送能力は合計で300億㎥となった。その後、2014年5月、第三番目のPLが稼働し、2015年の年輸送能力は550億㎥にのぼった。第三番目の輸送能力は年250億㎥であったことになる。ただし、2015年のトルクメニスタンの対中ガス輸出量は輸送能力を大きく下回っている点に注意する必要がある。

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ガスプロムの政治経済学(2016年版) (3)
にもかかわらず、2013年9月の段階で、トルクメニスタンと中国は4本目として、今度は「トルクメニスタン-ウズベキスタン-タジキスタン-キルギス-中国」の年輸送能力250億㎥のガスPLの建設で合意した。しかし、2020年までの稼働をめざしているが、計画の実現は遅れている。2015年、このアジア・ガスパイプライン(AGP-4)の建設は延期されてしまった。

2012年6月、トルクメンガスとCNPCは2021年末までにトルクメニスタン側が毎年中国に650億㎥のガスを供給する協定に調印した。これに対応して、トルクメニスタンは2030年までにガス採掘量を2300億㎥まで増加することを計画している。なお、中国側は2020年までにトルクメニスタンからの650億㎥に加えて、ウズベキスタンやカザフスタンから合計200億㎥のガス輸入を計画しているとの情報もある。

トルクメニスタンからイランへのガスPL輸出は前述したように年100億㎥を下回っているが、今後、200億㎥まで増やすことが検討されている。加えて、年輸送能力330億㎥の「トルクメニスタン-アフガニスタン-パキスタン-インド」ルート(TAPI)建設も計画されている。PL「東西」をさらに西に延ばし、カスピ海海底を経てアゼルバイジャン経由で年300億㎥程度のガス輸出も検討されている。BPの統計によれば、トルクメニスタンの2015年末のガスの確認埋蔵量は17.5兆㎥にのぼっており、欧州側も重要なガス供給源泉と期待している。

興味深いのは、2016年1月8日付の内閣決定「トルクメニスタン・ナショナル石油ガス会社(NAPECO)設立について」をベルディムハメドフ大統領が承認し、大統領に付属する炭化水素資源管理・利用庁が同社を管轄下に置いたことである。NAPECOの持ち分の90%は同庁が握り、残りの各2%はトルクメンガスとトルクメンネフチ、5%はトルクメンバシ石油加工工場コンプレクス、1%はその他がが保有する。

図2 カスピ海周辺の石油PLとガスPL

© 写真 : Shiobara Toshihiko カスピ海周辺の石油PLとガスPL.
 カスピ海周辺の石油PLとガスPL. - Sputnik 日本
カスピ海周辺の石油PLとガスPL.

② ウズベキスタン

2002年末、ガスプロムは、ウズベキスタン国営のウズベクネフチガスとの間で、ガス部門における戦略協力協定に調印した。そのなかで、2012年までのガスプロムのガス購入量が規定されただけでなく、ロシア企業のウズベキスタンでの採掘プロジェクトへの参加などが可能となった。2004年には、ガスプロムの子会社であるザルベジネフチガスとウズベクネフチガスはシャフパフト鉱区の開発に関する生産分与協定(PSA)を締結した。さらに、2006-07年には、七つのブロックの地質探査の基本原則合意も結ばれた。ほかにも、ガスプロムは複数のウズベキスタンの会社に出資するに至った。

興味深いのは、最近まで、ガスプロムのウズベキスタンのパートナーがスイスに登記されていた会社Zeromaxであった点である。同社はカリモフ大統領の娘に属しているとみられている(Neft i Kapital, No. 1-2, 2013)(7)。

ウズベキスタンのガス確認埋蔵量は2015年末で1.1兆㎥にのぼる。このため、EUはトルクメニスタンについで、ウズベキスタンも中央アジアからのガス供給源泉となりうるとみている。このため、2005年に起きたアンジジャンでの反政府勢力への弾圧後、EUはウズベキスタンに経済制裁を科したが、2008年5月、これを一部解除したほか、2009年10月には、ウズベキスタンに対する武器輸出禁止を含む制裁を撤廃することを決めた。これに呼応して、ウズベキスタンとロシアの関係はむしろ相対的に弱まっている。2012年6月、ロシアを中心とする集団安全保障条約機構の事務局はウズベキスタンの同機構活動への参加停止に関するウズベキスタン外務省からの書簡を受け取った。ウズベキスタンは2006年に復帰が認められていたのだが、再び集団安全保障条約機構から離脱することになった。

こうした状況から、ロシアにとって、むしろ、カザフスタンからのガス輸入の比重が高まっていると考えられる。カザフスタン産ガスの購入価格のほうがウズベキスタン産ガスの価格より割安であることも、こうしたカザフスタン重視に拍車をかけている。それでも、ガスプロムは2015年12月、ウズベキスタンの国営企業ウズベクネフチガスとの間で、2016年に40億㎥のガスを購入する契約を締結した。これは、2012年12月に調印された2013~15年のウズベキスタンからのガス購入契約とガス輸送協定が期限切れとなったことに対応するものである。

一方で、ウズベキスタンは対中国輸出に活路を見出そうとしている。トルクメニスタンからのガスPLでウズベキスタンを通る部分について、2008年にウズベクネフチガスとCNPCは合弁会社Asia Trans Gasを設立し、その建設・運営に従事することになり、同年7月に建設が開始された。このPLは2009年12月に稼働した。2014年8月になって、両社はトルクメニスタンからの中国への4本目のPLのウズベキスタン通過箇所の建設・運営会社として、新たな合弁会社を設立することで合意した。しかし、すでに指摘したように、ウズベキスタン国内でのPL建設は遅れている。

他方で、ウズベクネフチガス、ロシアの石油会社ルクオイル、CNPCがアラル海のウズベキスタン側にある石油ガス鉱区の開発に2017年から着手するための国際コンソーシアムの存在が知られている(Ведмости, May 26, 2015)。これらのパートナーは2031年までに3億ドルを投資することを検討している。アラルプロジェクトと呼ばれる計画は2005年当初、この3社に加えて、マレーシアのPetronasと韓国のKNOCが参加していたが、この2社は後にプロジェクトから離脱した。アラルブロックに基づく生産分与協定が2006年に調印され、2007年1月から施行した。期間は35年。

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ガスプロムの政治経済学(2016年版) (2)
③ カザフスタン

カザフスタンには、国内の石油ガス部門における探査・採掘・加工・輸送などを行う、国営企業「カズムナイガス」がある。同企業は2002年2月20日付大統領令に基づいて、国家石油ガス会社「カズオイル」と国家会社「石油ガス輸送」との合併によって形成された。カズムナイガスの株式の90%は国民福祉基金「サムルク-カズィナ」に、10%はカザフスタンの中央銀行(ナショナル銀行)に属している。その構成には、220社が入っており、ガスの輸送と販売については、カズトランスガスが従事している。

2005年8月、カズムナイガスとCNPCは「カザフスタン-中国」のガスPL建設の共同開発協定に調印した。当初は、「ベイネウ-ボゾイ-クズィロルダ-シュムケント-ホルゴス」ルートが検討されていた。ベイネウはトルクメニスタンからのガスの経由地であり、カスピ海地区のガスの経由地ともなる。ボゾイはウズベキスタンのガスの経由地であり、アクチュビンスコエ州の鉱区からのガスの経由地となる。クズィロルダはクムコリ鉱区のガス経由地だ。「カザフスタン-中国」ガスPLの第一区間として、「ウズベキスタン・カザフスタン-シムケント-アルマトィ-ホルゴス」ルートが実現した。このために2007年8月、カザフスタンと中国の政府の間でガスPL建設と利用に関する政府間協定が結ばれ、同年11月にはカズムナイガスとCNPC間で建設基本原則協定が調印された。2008年2月には、カズムナイガスの100%子会社、カズトランスガスと、CNPCの子会社であるTrans-Asia Gas Pipeline Limitedとよる合弁会社、「アジア・ガスパイプライン」が設立、同年7月にPL建設がスタートした。ウズベキスタンとカザフスタンとの国境から中国国境近くのホルゴスまでの約1300kmで、約69億ドルの巨額のプロジェクトだ。年輸送能力は400億㎥。2009年末までに工事は完成した。

ついで、2008年10月になると、カズムナイガスとCNPCは天然ガスとガスPL部面での協力拡大に関する枠組み協定に署名した。「カザフスタン-中国」ガスPLの第二区間プロジェクトとして、「ベイネウ-ボゾイ-クズィル・オルダ-シュムケント」間のPLが計画されたもので、シュムケントで「ウズベキスタン・カザフスタン-シムケント-アルマトィ-ホルゴス」ルートと接続する。総延長約1510kmで、輸送能力は年100億㎥。結局、計画は同じく合弁会社として実現することになり、2012年8月、カズトランスガスとTopLine(CNPCの子会社)の合弁「ガスパイプライン・ベイネウ-シュムケント」がボゾイ-シュムケント間のPL建設に着手、当初は年間輸送能力50億㎥で、後に年100億㎥に増強する。このPLを利用して、新鉱区地で採掘されるガスを国内に半分、中国に半分輸出しようとしたものだ。

なお、カザフスタンと中国との協力関係を考察するには、ガスPLだけではなく、石油PLについても考慮しなければならない。カズムナイガスの子会社、カズトランスオイルと、CNPCによって設立されたカザフスタン中国パイプラインが2005年に建設を開始した「アタス-アラシャンコウ」幹線石油PLの建設・運営会社となっている。総延長962kmで、年輸送能力は当初、1000万トン、ついで2000万トン。総投資額は約8億ドル。第二段階の石油PL協力として、このルートの第二期建設のほか、「ケンキヤク-クムコリ」間の石油PL新設などがある。

カザフスタンの場合、南部と北部でガスPLの系統が異なっている。北部については、隣接するロシアから輸入したほうが安上がりなのである。2013年カザフスタンのアフメトフ首相は政令を出し、3月から4月にガスPL「西-北-中央」の建設開始を決定した。「カルタルィ-トボル-コクチェタフ-アスタナ(首都)」ルートの建設が計画されたが、2016年3月、建設が突然、停止された。財政難が主因だが、建設再開は未定だ。

最後に、ロシアとカザフスタンとのやや複雑なガスをめぐる協力問題について説明しておきたい。2006年7月、カザフスタンとロシアの首脳は、カラチャガナク鉱区のガスの年150億㎥規模での合弁加工企業を対等な条件でオレンブルクガス加工工場をもとに設立する政府間方針を支持する決定を採択した。その後、2007年6月1日、カズムナイガスとガスプロムはオレンブルクガス加工工場をもとにした合弁会社の設立・参加の基本原則協定に調印するなど、プロジェクトは順調に進むかにみえた。しかし、紆余曲折が待ち受けていたのである。それは、大元のカラチャガナク鉱区の開発での主導権を握る企業がロシア企業ではないためであった。

カラチャガナク鉱区(ガス埋蔵量1.35兆㎥、原油埋蔵量12億トン)の開発をめぐっては、1997年にChevron Texaco(当時)とルクオイルがBritish GasやEniが設立した国際コンソーシアムに参加し、同年11月、40年にわたる最終生産分与協定に調印し、その開発が本格化した。コンソーシアムの当初の持ち分はBritish GasとEniが32.5%ずつ、Chevron Texacoが20%、ルクオイルが15%だった。これが、カラチャガナク石油オペレイティング(Karachaganak Petroleum Operating)と呼ばれるカラチャガナク鉱区プロジェクトを主導する組織で、2011年12月に、カザフスタン国営のカズムナイガスが10%の持ち分をもつことになったため、その他の持ち分構成は、British GasとEniが29.25%、Chevronが18%、ルクオイルが13.5%となった。ロシア側の発言権は相対的に弱く、しかもルクオイルはロシアの民間石油会社であり、ロシア政府の直接的な関心も低かった。

同鉱区でこれまで採掘されていたガスはロシアのオレンブルクガス化学コンプレクスに運ばれて加工されてきた。2001年末、ロシアとカザフスタンはガス部門における協力に関する政府間協定に調印、合弁会社カズロスガス(KRG)の設立が合意される。出資者は、ロシア側がガスプロム(当初はロスネフチも20%出資)、カザフスタン側が国営企業カズムナイガス。KRGは2002年にカラチャガク鉱区のガス買付を開始し、大半を輸出に振り向けた。ガスプロムとしては、オレンブルクガス化学コンプレクスをもとに、カラチャガナクのガスを加工する合弁会社をカザフスタン国

のカズムナイガスと設立したいという目論見があった。だからこそ、前述したような協力協定が2006年から2007年に結ばれたわけである。
だが、2009年、カズムナイガス、イタリアのEniはカラチャガナクにガス加工工場を建設し、包括的なガス工業拠点を建設し、首都アスタナまでのガスPL網も整備するというパートナーシップ協定に調印する。これが実現すると、ロシア側に輸出されるガスが確保できなくなる恐れが生じたことになる。この計画はいわば、カラチャガナク鉱区の開発を主導するイタリアのEniと組んで、カザフスタン政府がロシア側に反旗を翻したことを意味している。興味深いのは、こうしたカザフスタンとロシアとの関係がこじれるなかで、ガスプロムが2011年6月の株主総会で、ナザルバエフ大統領の女婿(次女の夫)クリバエフを取締役に選任したことである。彼は当時、カザフスタンの石油ガス・電力複合体アソシエーション・カズエナジーの代表者であり、国営のカズムナイガスの取締役会議長を務めていた。ガスプロムとしては、クリバエフを引き入れて、カラチャガナク鉱区からのガス輸入で有利な状況をつくりたいというねらいがあったとみられている。その一方で、2011年から、Eniのカザフスタン政府要人への贈賄捜査がイタリアで行われるようになり、やがてカズムナイガスとEniのパートナーシップ協定が見直されることになる。といっても、2012年1月の段階でナザルバエフ大統領は、年50億㎥、その後100億㎥の加工能力をもつ、カラチャガナク・ガス加工工場を2018年までに建設する計画を明らかにした。加工・浄化されたガスの一部はウラリスクに建設予定の発電所で使われ、残りはPLで首都アスタナに運ばれるというもので、ロシアにガス輸出をすることは計画されていなかった。つまり、この段階でもガスプロムは不利な状況に置かれていたことになる。

ところが、2015年5月、クリバエフがイタリアのEniから少なくとも2000万ドルの賄賂を受け取っていたとするイタリア検察当局からのリーク記事が出る。2007年までの段階で得たとされるもので、これが事実であれば、クルバエフは、以前はEniから賄賂をもらい、2011年からはガスプロムから厚遇を受けていることになる。2012年10月になると、カザフスタンのミンバエフ石油ガス相はガスプロムのオレンブルクガス化学コンプレクスへのガス供給を増やし、年150億㎥とし、2本のガスPLをカラチャガナクからオレンブルクまで建設し、一方のPLはロシア向き、他方は加工・浄化されたガス(年70億㎥)をカザフスタンに戻すために使用する計画を明らかにする。この段階で、カザフスタン国内のカラチャガナク近くでガス化学工業を展開しようとする計画が大きな方針転換を余儀なくされたことがわかる。

結局、2015年6月、ガスプロムとカラチャガナク鉱区でのガス開発や採掘などを主導するKarachaganak Petroleum Operating(KPO)は、年90億㎥の規模でカラチャガナク鉱区からのガスを売買する長期契約を2038年まで延長する、カズロスガス(ガスプロムとカズムナイガスとの合弁会社)とKPO間の協定に署名した。これにより、オレンブルクガス加工工場に必要なガスが長期にわたってカザフスタンから供給されることが固まったことになる。いわば、ロシア側の勝利に終わったわけである。

④ アゼルバイジャン

カスピ海南部、首都バクーの南東へ70kmほどのところに位置するシャフ・デニズ鉱区での天然ガス採掘が行われている。その埋蔵量は1.2兆㎥とも言われ、その開発契約は1996年6月にバクーでアゼルバイジャン国営石油会社(Socar)、BP、Statoil、ルクオイル、Totalなどによって調印された。この開発はシャフ・デニズコンソーシアムによって行われ、その持ち分構成はBP25.5%、Statoil25.5%、Socar10%、ルクオイル10%、NICO10%、Total10%、TPAO9%となっている。

2001年には、トルコのBotasへ年63億㎥、アゼルバイジャン政府へ年25億㎥などへのガス売買契約が締結された。第一段階として、年1780億㎥の天然ガスと年3400万トンのコンデンセートの採掘が計画された。トルコなどへのガスPL建設も計画された。2007年7月には、実際にトルコ領内にガスが到達した。ただし、このシャフ・デニズ鉱区での採掘量はすでに頭打ちとなっており、シャフ・デニズ2の開発に着手されている。

アゼルバイジャン産ガスのガスプロムグループによる買い取りが減少しているのは、このシャフ・デニズ鉱区でのガス採掘量の逓減と関係している。2010年9月には、メドヴェージェフ大統領(当時)がバクーを訪問した際、ガスプロムが当時の価格(270ドル/1000㎥)でアゼルバイジャン産ガスの購入を倍増させる契約に調印するといった出来事も起き、2015年9月には、ガスプロムの子会社、ガスプロム・エクスポルトはアゼルバイシャン・メタン会社(AzMeCo)との間で年20億㎥までの規模でのガス売買中期(5年)契約に署名した。

(6) 1990年代から2010年ころまでの状況については、拙著『ガスプロムの政治経済学(2013年版)』を参照。

(7) スイスの会社Zeromax GmbHは2001年に設立され、2010年に突然、破産宣告した。ウズベキスタンの石油、ガス、金などの採掘や石油製品の貿易などにまでかかわっていた会社で、腐敗の温床となっていた。たとえば、トルクメニスタンから中国へのガスPLのウズベキスタン領内での建設を請け負った業者の一つがZeromaxで、ロシアとウズベキスタンとの関係が悪化すると

「MTS-ウズベキスタン」のブランドで活動してきた携帯電話オペレーター、ウズドゥンロビタが2012年7月から急に活動停止に追い込まれた。カリモフ大統領の娘ガリナラが主導する会社が政治的にも暗躍していたのだ。

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