スパイたちの見た街「東京」を現代に再現!サンボの創始者オシェプコフ、ソ連の探偵小説の先駆者ロマン・キム、そしてリヒャルト・ゾルゲ……二十世紀前半の東京を跋扈した、個性溢れるロシア/ソ連の諜報員たち。情報公開(グラスノスチ)による最新の資料を駆使して、高度に知的な彼らの実像と、その東京における足跡を辿り直した異色のドキュメント。
アレクサンドル・クラーノフ氏がスプートニクの質問に答えてくれた。以下にご紹介する。
スプートニク:2014年には『スパイの東京』というロシア語の著書を出版されていますね。今回の作品は『スパイの東京』の日本語版でしょうか?それとも新作でしょうか?
クラーノフ:本来は『スパイの東京』を日本語に翻訳する考えでした。しかし、日本で出版するかどうかの検討にかなりの時間がかかってしまいました。その間に私はこのテーマに関する資料をかなり大量に収集したため、いくつかの章については、ほぼゼロから書き直し、他の章についても修正や補足を加えることとなりました。また、『スパイの東京』には全くなかった新しい章も加わっています。それは「アジアNo.1のソビエトスパイ」とよばれたKGB職員のユーリー・ラストヴォロフの逃亡です。ですから、この作品は『スパイの東京』の資料を一部ベースにした新作だと考えています。さらに、本作は『スパイの東京』よりもずっと良い作品に、より正確で真実味のある作品に仕上がっています。
スプートニク:この作品はどのジャンルに属すのでしょうか?
クラーノフ:敢えて歴史ガイドブックと呼んでみたいと思います。ロシアではまだあまり人気のあるジャンルではありませんが、日本では、東京の旧跡をまわったり、日本の各都市を旅行したり(history travelog's)というのは、とても人気のあるテーマです。しかも、この作品はリアルタイムで書かれたものです:私は古地図を買ってその上に現在の地図を重ね、必要な小テーマに関する資料の束を持って、いわれのある住所や密会場所、隠れ家などを探して、東京を歩きまわりました。結果として、調査報道のようなものが出来上がり、それが作品に推理小説のような色合いを与えているように思います。
スプートニク:この作品は1907年から1985年までと、随分長いスパンを扱っています。また、タイトルからすると、日本で諜報活動を行いながら、それでも日本への愛を隠すことのなかった人たちの話のようです。
クラーノフ:はい、実質上、さまざまな時期に東京で活躍したソビエト諜報員の話です。ストーリー自体は日露戦争後の時期から始まりますが、本書の主人公たちの諜報活動が始まるのはソビエト時代であり、それが終わるのもソビエト時代です。ここで興味深いのは、東京に対する姿勢も時代によって異なるということです。1924年から1926年まで日本で諜報員を務めたロシア柔道の祖であり、サンボ創始者のワシリー・オシェプコフは、自分が子ども時代を過ごした日本を良く言うことはできませんでした。当時、そんなことをすれば命を落とす恐れがあったからです。実際、彼は1937年に日本のスパイという、あらぬ容疑をかけられて逮捕され、亡くなりました。しかし、彼がひとときも日本を忘れたことがなかったこと、講道館での練習を忘れたことがなかったことはよく知られています。同じく逮捕され、奇跡的に生き残ったロマン・キムは日本での思い出について多くの著書を残しています。彼は驚くほどに日本文化を愛した人で、モスクワで日本人記者から東京の最後の思い出である蒲焼きをプレゼントされたときには、死の床にありながらも、幸せのあまり涙を流しました。ゾルゲは今や東京とは切っても切れない人物であり、東京の多磨霊園に眠っています。また、ソ連対外諜報部員のニコライ・コシキン大佐は大きな愛情をもって東京を活き活きと描きました。元KGB中佐のコンスタンチン・プレオブラジェンスキーは今回の作品ととてもよく似たタイトルの回想録「日本を愛したスパイ」を書いています。
クラーノフ:これに関しては、私の努力によるところはほとんどありません。出版の構想を持ち出したのは、素晴らしいロシア語の使い手である翻訳者の村野克明さんです。きっと、彼はこの作品に推理小説としてだけではなく、ガイドブックとしてのポテンシャルを多く見出したのでしょう。彼は翻訳をしながら、全ての資料をことのほか丁寧に再チェックしてくれ、彼が東京人であることから、私の間違いをいくつか訂正してくれました。これについては、特に感謝しています。
スプートニク:どんな人にこの作品を読んでもらいたいですか?
クラーノフ:誰もが楽しんでくれることを期待していますが、特に歴史に関心のある人に楽しんでもらいたいと思います。というのも、これはまず何よりも、東京についての本であり、このまちを愛しながらも、職業上の理由により、必ずしもその愛を告白することができなかった人たちについての本だからです。私はラッキーです:私は諜報員ではありませんし、公然と「私にとって東京は故郷のように大切なところだ」と言うことができるからです。
『東京を愛したスパイたち』(藤原書店)は日本全国のほとんどの書店でご購入いただけます。