ロシア政治に詳しい新潟県立大学の袴田茂樹教授は「機は熟していなかった。『首脳会談の実施ありき』で、首脳会談を行うことが自己目的化していた」と指摘する。シリアや北朝鮮情勢をめぐる問題で欧米、特に米国とロシアの対立が最も先鋭化しているタイミングでの会談は、時期としては「最悪」だったというわけだ。
米国は今月7日、シリアのアサド政権が化学兵器を使用したとして、巡航ミサイルでシリア軍の空軍施設を攻撃した。米国はまた、ミサイル発射や核開発をやめない北朝鮮に対して、軍事力行使を含む「あらゆる選択肢」を排除しないという姿勢をとっている。安倍首相は、いずれの問題に関しても、米国の立場を支持している。
いっぽうのロシアは、米国のシリア攻撃を「国際法違法の侵略行為」と激しく非難。六者協議の復活と対話による解決、更に、日本への入港が禁止された北朝鮮の貨客船「万景峰号」を使い、極東ウラジオストクと北朝鮮の経済特区、羅先との間に月6往復の定期航路を開くことを決めた。中国を含む各国が北朝鮮への経済制裁を強化する中、逆に経済協力を強めているのである。
袴田氏「六者協議は逆効果でしかなかったという過去の歴史があり、ロシア案に日本が賛成するはずはありません。いっぽう安倍首相はプーチン氏との信頼関係醸成に努力しながら、他方ではトランプ米大統領との密接な関係を世界にアピールしています。双方から信頼されるのではなく、米露が激しく対立している中で、両方から信頼を失う可能性もあります。実際プーチン氏には「日本は米国にべったり」との不信感が強くあります。日本国内には『米露が対立しているからこそ、日本が米露の対話を促す仲介役になるべき』という意見もありますが、その段階は過ぎています。米大統領選の直後で「トランプWho?」という時期であれば、トランプ氏と密接な関係を築いた安倍首相が氏とプーチン大統領との仲介役を務められたかもしれません。しかし今やロシアは、シリア問題や北朝鮮問題などを通じてトランプ氏の行動や発想を知り尽くした上で、強く米国に反発しているのです。そのような状況下で米露の仲介役をする力は、日本にはありません」
袴田氏「日露間で20余りの経済協力合意が成立しましたが、民間企業が自らのリスクでロシアに進出するのなら一般論としてはーーつまり経済制裁などと無関係の場合はーー領土問題と関係なくどんどんやって構いません。しかし日本政府が国民の税金を使ってロシアとの共同プロジェクトに投資や融資を行う場合、平和条約交渉と経済協力のバランスをとりながら共に進めなければ、国民は納得しないでしょう」
また、ロシア本土での経済協力以外に、日本政府が平和条約締結へのステップとして位置づけているのが、北方四島における共同経済活動である。両国の専門家たちは、共同経済活動を行う際の法的基盤の問題すなわち主権の問題を、両首脳がどうクリアするかに関心を寄せていた。
袴田氏「調査団の派遣について合意したものの、ロシアは北方四島における共同経済活動は『ロシア法の下で行う』、つまり四島の主権はロシアにあるという立場を崩していません。また、日本側が主張する第三の『特別な制度』の下での経済活動もロシア側は認めていません。首脳会談後の記者会見を見ても、肝心のこの点について何らかの合意ができたとは思えません。ということは、この深刻な対立が基本的に残っているということです。これでは、日本の企業関係者が島を訪れ、日本人が長期間そこで生活しつつ経済活動をする、というのは非常に難しくなります。たとえ法的問題がなくても、困難はあります。かつて、北海道の苫小牧に工業団地を作る計画が実行され、数千億円を費やしてインフラを整備し企業への優遇措置を講じましたが、企業誘致には失敗しました。ましてや、それ以上にインフラが整っておらず、かつ法的にも難しい問題を抱える北方四島に積極的に進出しようという日本企業があるとは思えません」
領土問題の解決なくして平和条約締結はあり得ないと考える日本と、平和条約締結と領土問題を切り離しているロシア。袴田氏は「私は平和条約を結び、日露関係が本当の意味で正常化することを強く望んでいます。しかし両者はまだまだ多くの点で平行線をたどっています。日本の首脳も国民も安易な期待を抱くべきではなく、また焦ったアプローチをすべきではありません」と話す。安倍首相とプーチン大統領は7月にドイツ・ハンブルクで行われるG20で再会する予定だ。果たして両者は現実を見据えた実りある話し合いをすることができるのだろうか?