ロシア内務省によると、アバウトな数字だが、ロシアでは毎年7万人から10万人が行方不明になっている。そのうち約8割は、出稼ぎに出た人々だ。出稼ぎで手っ取り早く稼ぐつもりがうまく行かず、家に仕送りもできず、連絡も遠のき、ついには失踪してしまう。残念なことに、労働者に食べ物は提供するが賃金を払わなかったり、法的に有効でない契約書を交わさせたりするブラック企業がロシアには多く存在している。「もうすぐ払うから」と言っておいて引きとめ、給与未払いのまま最終的に労働者を追い出してしまうケースもあれば、悪徳人材会社が仲介して騙すケースもある。
次に多い失踪原因は、家庭問題と借金である。ロシアは離婚大国だが、子どもがいれば親権は両方の親に残る。子どもが母親と暮らすことになれば、父親の給与口座から養育費が天引きされるが、この養育費を払いたくないばかりに失踪するケースがある。借金逃れも古典的な理由だ。日本と違い、ロシアは銀行ローンの金利が高い(年間で20パーセントは普通)ので、親族間の信頼のもと、お金を融通し合うことが多い。それが返せないとなれば、姿を消して全てを無かったことにしてしまいたくなる。
精神病の人が身分証明も何も持たずに行方不明になり、アルコールや麻薬中毒になってホームレスになってしまう例もある。こういったケースは春と秋に多い。また、単純労働者だけでなく、役人や軍人、警察官といった社会的ステータスの高い人の失踪も増えている。しかし発見率は高く、大人の8割、子どもの9割が、失踪から1年以内に居場所が判明している。
さて、警察庁のデータによると、日本の行方不明者は毎年8万人台前半で推移している。行方不明になる理由としては疫病関係が最も多く、そのうち認知症の人の割合は増え続けている。家庭問題は微増、会社関係は横ばいだ。日本の歴史と文化に詳しい、ロシア国立人文大学のアレクサンドル・メシェリャコフ教授は、日本人の宗教観と恥の意識について指摘している。
メシェリャコフ教授「キリスト教文化の中では、全てをお見通しの神様がいて、その神が罰を与えると考えられてきましたが、日本人の行動は17世紀頃から、より世俗的な概念によって決定されてきました。日本人は警察の役割をもつ神ではなくて、恥という概念をベースに社会的コントロールをしてきたのです。例えば終戦直後に日本で梅毒が流行していたとき、売春宿に通うこと自体は恥でなくても、梅毒という恥ずかしい病気に感染することは不名誉と見なされていました。そういう人々は社会集団の中から消えようとしました。日本文化においては社会の中での評判が人生を左右します。自分の家族も自分と一緒に恥をかくか、あるいは自分の恥を自分と共に消してしまうか、という二択を迫られるのです」
柳氏「昔は借金や病気を苦にして、家族に迷惑をかけたくなくて行方をくらましてしまう人が多かったのですが、今では『これが原因なのか?』と思うような、簡単な理由でいなくなってしまう人が増えています。現代の日本では、家に対する愛着や、家族が大切という気持ちが希薄になっているのかもしれません。昔は家出という行為が恥だという意識がありましたが、今ではちょっとした揉め事があると、もう我慢できずに出て行ってしまうのです」
家族がいなくなってしまったらまず警察に捜索願いを出すわけだが、警察では行方不明者は「特異家出人」と「一般家出人」に分類され、事件性が低い場合は念入りに探してもらうことはできない。何しろ、自分の意思で逃げているのだとしたら、その人にも自由に生きる権利があるわけだ。そこで家族は、日本失踪者捜索協力機構のような団体に助けを求め、相談にのってもらったり、捜索にあたってのアドバイスを受けることができる。柳氏のところに持ち込まれてくる相談は、若い男性の失踪が多いという。柳氏は「よくあるのは20歳から40歳くらいの男性が失踪したというケースです。女性の場合は子どもを置いて自分だけ姿を消すことはほとんどありませんが、男性は、たとえ子どもがいても行方をくらましてしまいます。同じ境遇におかれていても女性の方が我慢しており、男性の方は身勝手さから来る失踪が多いように思います」と話している。