なぜこの映画がスキャンダルに見舞われているのか?実は、この映画をめぐっては、制作途中から「いちゃもん」がついていたのである。「クリミアの美人すぎる検事」として日本でも有名になり、現在は国会議員となったナタリア・ポクロンスカヤ氏が、映画の内容に疑義を呈し、幾度となく検察庁に調査を要求していたのだ。
ポクロンスカヤ議員の言い分はこうだ。「2万人もの人が私のところに、この映画を公開させるべきでないという陳情をしてきました。なぜならこの映画はロシアの歴史を黒く塗り替え、ニコライ二世を中傷するものだからです。ニコライ二世の役を演じているのはポルノ映画にも出演したことのあるドイツ人の俳優です。まさかロシアに俳優がいないとでも言うのでしょうか?」
ポクロンスカヤ議員に糾弾されたドイツ人俳優のラース・アイディンガーは、「映画『マティルダ』では主題に最大限敬意を払い、芸術的真理を追求しました。歴史を侮辱したり挑発したりする意図があろうはずもありません。そんなことのために2年間もロシアに通って撮影するでしょうか?私が過去に出た映画『Goltzius and the Pelican Company』で裸になるシーンはありましたが、それは断じてポルノグラフィではありません」と、疑惑を否定している。
ヒロインのマティルダ・クシェシンスカヤを演じるのはポーランド人女優のミハリナ・オリシャンスカヤだ。マティルダ自身もポーランド人とのハーフだった。帝政ロシアの上流階級とヨーロッパ各国との縁は深く、ニコライ二世の母はデンマーク出身、祖母はドイツ出身だったので、皇室のメンバーは民族的に言えば純粋なロシア人ではなかった。その歴史的事実から照らし合わせてみても、外国人俳優の起用に問題があるとは思えない。
東京大学教授で、ロシアの文化と芸術に詳しい沼野充義氏は言う。「芸術作品が完成する前から内容を問題視して注文をつけるのは、一種の政治的な事前検閲です。これは今のロシアで普通はありえないことで、とても変だと思います。若き日のニコライ二世とマティルダ・クシェシンスカヤのロマンスは歴史上のことで、誰でも知っている話ですから、このこと自体はスキャンダルではありません。ソ連の歴史を見ても、ニコライ二世を題材にした映画は他にも作られていますし、今回の映画がニコライ二世を侮辱するような内容だとは思えません」
ポクロンスカヤ議員から糾弾され、抗議の手紙を送られたウチーチェリ監督も黙っておらず、ポクロンスカヤ議員の振る舞いをなんとかしてくれるようプーチン大統領に直訴。大統領は「彼女にも自分の意見を言う権利がある」ということで取り合わず、どちらの見方もしないというポーズをとった。そうこうするうちにニコライ二世を異常に崇拝するポクロンスカヤ議員に対し、同僚の国会議員の間でも批判の声が高まったが、彼女はひるまず、この映画の上映禁止を求めて文化省に一万人の反対署名を提出した。文化省は今月、ポクロンスカヤ議員の主張を跳ね除け、映画公開を正式に許可した。しかしポクロンスカヤ議員は未だに自身の立場を崩していない。
マティルダがマリインスキー劇場のプリマバレリーナだったことから、映画の世界初公開は10月7日にこの劇場で行なわれる。バレエとオペラが中心のマリインスキーで、映画の初演が行なわれるのは劇場の歴史上初めてだ。音楽プロデューサーをマリインスキー劇場のワレリー・ゲルギエフ芸術監督自らが務めるなど、スタッフも超豪華である。ロシアにおける一般公開は10月26日から。既にドイツ、オーストリア、スイス、米国でも公開が予定されている。日本における上映予定は未定だが、公開実現を期待したい。
Наталья Поклонская с бюстом Николая II. Фотографии Юрия Козырева из Крыма https://t.co/m1dnWCpIpZ pic.twitter.com/4rO1sw7O3O
— Рустем Адагамов (@adagamov) 17 марта 2017 г.