復讐の感情、それとも公正な罰? オウム真理教の信者に対する死刑執行で、日本の死刑制度について論争が巻き起こった

© AFP 2023 / Yoshikazu Tsuno国際人権団体アムネスティ・インターナショナルのメンバー。日本での死刑に反対するデモで
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルのメンバー。日本での死刑に反対するデモで - Sputnik 日本
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上川陽子法務大臣はオウム真理教の信者13人に対する死刑執行に関する記者会見で、日本が直ちに死刑制度を廃止することはないと述べた。8月7日NHKは死刑制度の最新の調査の結果を明らかにした。死刑制度について聞いたところ「存続すべき」が58%、「廃止すべき」が7%、「どちらともいえない」が29%でした。しかし、人権擁護団体はこのような状況に憤っている。スプートニクは米国と日本の状況を比較し、死刑制度の存続に賛成する論拠にはどのようなものがあり、反対する論拠にはどのようなものがあるのかおさらいするとともに、ロシアの専門家にも意見を聞いた。

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  • 日本と米国の死刑執行方法

先進国の中で死刑が存続しているのは日本と米国だけであるが、やはり両国の間でも状況は異なっており、その相違点は執行方法だけにとどまらない。米国では多くの州で、死刑執行に犯罪者の親族だけでなく、被害者側やマスコミも立ち合うことが許されている。こうすることで人々が考え、社会が議論するようになるのである。死刑を廃止したりモラトリアムを宣言したりする州は増加している。現在、50州のうち30州で死刑が存続している。が、多くの州で、死刑は法制度上こそ存続しているものの、実際には執行されていないのである。日本では、死刑執行に立ち合うことはできない。親族は執行後に死刑囚の遺体を引き取り、自らの判断で埋葬することができるだけである。

死刑執行までに長い待ち時間を設けることが日本の刑法制度上のひとつの条件である。この間に殺人の新たな状況が明らかになり、死刑囚が無罪になることも理論上は可能だ。しかし、判決の99%が最終的には正しかったと判断される。過去50年で死刑判決が冤罪であったことが判明したのは一度だけ。かの有名な「足利事件」である。62歳の幼稚園バスの運転手・菅家利和氏が、DNA鑑定の悲しい間違いのせいで、1990年5月に4歳の女の子を殺害した罪で、17年間、死刑囚として監獄の中で過ごしたのである。

  • 死刑囚を扱う経験

被害者学専門家「苦しみは一生続く。死刑に関する日本の自己決定、尊重されるべき」 - Sputnik 日本
被害者学専門家「苦しみは一生続く。死刑に関する日本の自己決定、尊重されるべき」
日本人の死刑信奉は、洗練された日本文化を愛する国外の愛好家を驚かせている。ヒューマン・ライツ・ウォッチのような、さまざまな人権擁護団体が幾度となく日本政府に対して死刑廃止を呼びかけてきたが、それに対する回答は、日本には独自の文化的・道徳的規範があるというものだった。日本の著名な活動家たちも、これは犯罪者への「復讐の国による独占だ」として、死刑廃止を声高に叫んでいる。

その一人が、映画監督で作家の明治大学教授・森達氏である。彼には『死刑』や『死刑のある国ニッポン』といった著作もある。森達氏は自らの論文や著書の中で、かつては自分も、多くの日本人と同じように、次のような考えを持っていたと告白している。「殺人を犯した人間に死刑が執行されるのは普通のことである、なぜならその人間は他人の命を奪ったのだから。」しかし、このテーマで情報収集を始め、オウム真理教のメンバーを含め、多くの人々に会う中で、彼は自らの考えを見直し、最も確信的な死刑廃止論者の一人となった。森達氏によると、犯罪者の生命を剥奪する論理的な根拠はないのだという。彼は言う。多くの日本人は、死刑が犯罪を抑制していると考えているが、これは間違いである。なぜなら、もしそうだとすれば、2/3の死刑廃止国は犯罪状況の急激な悪化に直面しているはずだからだ。しかし、統計はそうはなっておらず、社会学者も正式に、死刑は犯罪抑制の有効な手段ではないと述べている。

  • 「国家の法制度は感情に基づいたものであってはならない」

ロシアでは、死刑は法律上は廃止されていないが、1996年にロシアが欧州評議会に加盟して以来、死刑執行のモラトリアムが発動されている。しかし、2017年2月のレヴァダ・センターの世論調査によると、ロシア国民の44%が死刑を支持しており、41%が反対であった。

人は変わり得る存在?死刑廃止の潮流はなぜ生まれたか、日露の事情 - Sputnik 日本
人は変わり得る存在?死刑廃止の潮流はなぜ生まれたか、日露の事情
ロシアの法律家で、国連犯罪防止刑事司法委員会の専門家、調査論文『現代世界における死刑』の著者であるヴィタリー・クワシス氏によると、国家の法制度は感情に基づいたものであってはならないという。「殺害された被害者の親族が犯罪者の死刑を望むのは十分に理解できます。しかし、私はかつて自分の学生たちに次のように問うたことがあります。あなたたちが死刑に賛成票を投じるのであれば、自分自身で刑を執行しなければならないと考えてみなさい。それでも死刑に賛成票を投じますか?というものです。ここで多くの人は、自分に他人の命を奪う心の用意があるのかどうか考え込みます。世論調査に参加する人たちは通常、人の命を奪うことが何を意味するのかを認識することなく、状況を他人事として捉えています。私がよく受ける反論は「でも自分の子どもが殺されたとしたら・・・」というものです。それに対して私が「おそらく、その瞬間、私は犯罪者を自分の手で殺してやりたいと思うでしょう」と答えると、多くの人は困惑します。そこで私は次のように答えます。これは怒りから生まれるまったく当然の反応です。しかし、国の法制度は感情に基づいたものであってはなりません。」

同氏によると、テロの昂揚を受けて、死刑を復活させようとする国もあるという。「死刑が必要だという社会的風潮はいつも、特に凶悪な犯罪やテロに対する感情に支配されています。しかし、死刑でテロリストを怯えさせることはできないということを考慮しなくてはなりません。死刑に怯えて、ジハードをやめるだろうなどと考えるのは浅はかです。」
ヴィタリー・クワシス氏は次のように言う。「日本は死刑を廃止していませんが、死刑が言い渡されることは稀であり、執行されるケースは更に少ない。死刑判決が下されるのは特に凶悪性のある殺人の場合のみです。日本の死刑件数は、例えば、高官による多額の横領や汚職で死刑を執行する中国などと比べると、極めて少数です。しかも、中国では、死刑囚の数に関する公式統計は非公開なのです。」

アムネスティ・インターナショナルによると、死刑が適用され続けている国は絶対的少数派だという。2017年に死刑を執行した国はわずか23ヶ国である。106ヶ国が死刑を完全に廃止しており、数十ヶ国では、死刑判決の可能性は法制度上は維持されているものの、実際には適用されていない。アムネスティ・インターナショナルは1977年、全ての国の政府に対して死刑の完全廃止を呼びかける宣言を採択している。

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