ロシアは、大衆にも映画文化が浸透している国で、海外作品や昔の作品にも造詣が深い人が多い。今回は、現代日本を代表する著名な映画監督と直接話せるとあって会場は大入り満員だった。
河瀨監督は「効率が悪くても、リアルなものを大事にしたい」と言う。実はすべてのシーンは、順番どおりに撮影されている。同じセットを使う場合は、すぐに全部のシーンを撮ったほうがもちろん効率は良いが、効率を優先しすぎると、演じるほうの気持ちがついていかないのだという。シナリオはもちろんあるが、シナリオに違和感が出てくる場合は、アドリブを許容する。それらはすべて、リアリティの追求のためだ。
河瀨監督は、生まれ育った奈良県を拠点に活躍している。自然との触れ合いを大切にし、多忙の中でも、野菜作りに精を出す。河瀨監督にとって身近な存在である「森」は、人間を守る存在でありながら、畏怖の念の対象でもあり、作品の中で重要なモチーフを果たしてきた。
ロシア人も、夏の別荘・ダーチャを持ち、都会人であっても農作業にはげみ、自然の中で過ごす時間を特別に大事にしている。例えばきのこ狩りは、森のレジャーの定番だ。もしかするとこの点で、ロシア人はより河瀨監督のまなざしに共感できるのかもしれない。対話の中では、河瀨監督の「皆さんは森に行ったりしますか?」という質問に対し、会場の人々が「もちろん!」と笑顔で即答する一幕も見られた。
2017年のカンヌ国際映画祭でエキュメニカル賞を受賞した作品「光」が大好きだという男性からは、なぜ盲目のカメラマンを撮ろうと思ったのか、アイデアの出どころや、役の研究について詳しい質問が出た。また、ロシアに根強いファンがいる黒澤明監督からの影響や、河瀨作品における「理性で説明できないものや登場人物」の役割、日本の映画監督にとってヨーロッパの映画祭で賞を取ることは大事か?など、様々な質問が出た。
昨年公開の「Vision」で主演をつとめたフランスの女優ジュリエット・ビノシュさんに話が及ぶと、河瀨監督は、彼女との仕事は素晴らしかったと振り返った。河瀨監督が、ビノシュさんが撮影で奈良に来る前に電話したところ、「明日、爆弾が落ちるとしても、映画のためならそこへ行く」と話したエピソードを紹介。映画にかける監督と女優の情熱が共鳴した瞬間だった。
いつの時代も、映画界の中で女性は少数派であったし、今もそうだ。カンヌ映画祭のコンペ部門にノミネートされる作品の監督ともなると、男性のほうが圧倒的に多い。河瀨監督も、ことあるごとに「女性初」「女性監督」などと言われてきた。しかし、マイノリティとして苦労したことを聞かれると、河瀨監督は「困難はどこにでもあります。茨の道があるのなら、あえてそちらに進みたい」と力強く答えた。
対話の時間が終わっても、写真撮影やサインを求める人々が列をなし、なかなか帰ろうとしなかった。ここ数年、日本映画をメインに鑑賞しているという会社員の女性は、河瀨監督の映画が好きな理由について「他の誰よりも自然との調和を感じるし、登場人物は神秘的で、優しくて深い」と話してくれた。
また、ロシアの映画大学で学び、現在はモスクワで劇場関係の仕事をしているというフランス人男性は、「河瀨さんは一番僕の心に近い監督。彼女の映画は、いつかどこかで撮られたものを作り変えたのではなく、全く新しいものだと思います。彼女の作品の中の繊細な感情が音楽と混ざり合う瞬間が大好きで、僕の感情を揺さぶります」と話し、思いがけないモスクワでの対面の機会に感謝していた。
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