4月にイタリア、トリカーゼにあるジョバンニ・パニコ記念病院のジュゼッペ・ディ・サンティス医師は、医学誌に、新型コロナウイルス感染時の脳の炎症マーカーについての記事を寄稿した。ディ・サンティス氏は、それまでに確認されたデータによれば、コロナウイルスは中枢神経系の感染症の原因となる可能性があり、これが体内異物免疫反応を引き起こすと指摘している。
ディ・サンティス氏は、ウイルスSARS-CoV-2は嗅覚情報処理に関わる脳の組織である嗅球を通って、神経細胞を破壊しながら、脳幹に達すると仮定した。そしてその際に出るサイトカインというさまざまな物質が過剰に分泌され、アレルギー反応を引き起こす(サイトカインストーム)ことにより、脳が損傷される。そこでディ・サントス氏は、医師は、コロナ患者が嗅覚を失ったときには、容体の悪化に備えるべきだと指摘している。
神経細胞を攻撃するウイルス
中国の研究者による大規模なグループは、それまでに、新型コロナウイルスには神経細胞に感染する力があることをすでに証明していた。研究者らはなんども実験を重ね、ウイルスSARS-CoV-2がハムスターの嗅球の細胞に損傷を与え、ウイルスの体内への入り口となる受容体ACE2が、運動機能を司る後帯状皮質と大脳皮質の中心傍小葉の黒体の中で活発に結合していることを証明した。
しかも、ウイルスは脳幹細胞そのものに感染する。つまりこれは、ウイルスが、神経幹細胞の集まっている嗅球に侵入し、幹細胞を破壊することを意味する。そうなると、嗅覚はすぐには戻らず、しかも部分的にしか戻らない。
研究者らは脳内でウイルスのリボ核酸を発見
しかし、これらはすべて間接的なデータである。では、コロナウイルスが脳に侵入したことを直接、確かめるにはどうすればよいのだろうか?ドイツの研究者は、新型コロナウイルスによって亡くなった30歳から98歳までの33人分の遺体の脳のサンプルと鼻腔の粘液を採取し、死後の神経組織についての大々的な調査を行った。調査の対象者の何人かは、コロナウイルスに感染したあと、意識の混濁、脳出血、頭痛、行動の変化、脳虚血などの症状が見られていた。
すべてのサンプルの中でもっとも多くのウイルスのリボ核酸が見つかったのは鼻腔の粘膜からであった。研究を率いる、医大複合施設「シャリテ」のフランク・ヘプナー教授は、「これはウイルスSARS-CoV-2が脳に侵入する際の入り口として鼻腔を使ったことを示している」と述べている。
おそらくウイルスは、血液など、他の経路をたどった可能性もあるものの、鼻腔から、近くにある嗅覚神経を通って、広がっていると思われる。一方で研究者らは、彼らが分析したのは、人工呼吸器を必要とした重症患者の死後の組織であり、これらの結果を軽症および中度の患者に置き換えるときには慎重さが求められると指摘している。