何が原告の主張の根拠なのか?
本裁判の原告である欧州に住む8人は、「日本国民は、自己の志望によって外国籍を取得したときは、日本国籍を失う」とする国籍法11条1項が、自己決定権、移動の自由、平等の原則を尊重した基本的人権を侵害しているとして、違憲を唱えている。
館田氏:「原告の主張のように、重国籍の弊害は現在は根拠を失っています。国籍には人権を基礎とする多くの権利が紐付けられており、これらを奪われない権利は憲法13条だけでなく、憲法22条の国籍離脱の自由でも保障されていると考えます。」
他の国の実態をみると、以前は 重国籍を禁じる国は多かったものの、時代とともにこれを認める国が増加していることがわかる。国籍法の重国籍の条項もこれから見直されると期待してもいいのだろうか?
館田氏:「日本でも国会で重国籍について議論になったことがありましたが、現在のところ、議論としてはあまり盛り上がっているわけではないという印象です。しかし、今後より一層、世界で活躍する日本人も日本で活躍する外国人も増えていくでしょうから、いずれ重国籍を認めるよう国籍制度を見直していく必要があると思います。」
では、日本人に二重国籍は絶対ありえないのか?
日本国民が出生地によって、または血統主義によって二重国籍を取得した場合には重国籍解消のための制度がある。これは「国籍選択制度」といわれるものだ。このシステムにおいては重国籍を持つ日本人は22歳になる前にどちらか1つの国籍を選択せねばならない。とはいえ、実際は「抜け道」も存在しており、これをつかって二重国籍者になることもできる。スプートニクはこの手段を使って二重国籍状態を維持している、ある男性に取材し、経緯を伺った。
「二重国籍は維持できたんですけど、自分の法的立場は心配です」
(Aさんは話が公になることで自分の国籍状況に影響することを憂慮し、匿名を条件に取材に応じてくださった。)
Aさんのご両親はそろって日本国籍者。岩手県出身の父親は妻を伴い、サンフランシスコへ渡米し、Aさんもそこで生まれた。こうしてAさんは出生から米国籍を取得したが、血統主義に照らした場合は日本国籍を有することになった。英語、日本語を流ちょうに話すAさんは今、仕事で3年近く東京に滞在している。
Aさん はすでに26 歳を迎えたが、国籍は二重のままだ。
ですが実際には未だに2つの国籍を有しています。どうしてかというと、20歳でパスポートを更新したということは、次は10年後の30歳まで更新の必要がないからです。
私の知る限りでは日本政府に二重国籍者であることがわかったところで、政府がこの人間を罰し、日本国籍を剥奪することはありません。それでも選択は急がなくてはなりません。」
こういう事情からAさんは30歳になったら国籍の選択を迫られると心配している。以前、米国のある大学教授が伝授してくれた二重国籍保留の「逃げ道」は、30歳になる前にパスポートを更新してしまうという手だ。こうすればパスポートの期限が切れた際に普通行われるデータの詳細なチェックがスルーされるというわけだ。
ただし、Aさんはこの情報はもう過去のもので、今は使えない恐れがあるとも考えており、この先の自分の法的立場を心配している。
館田氏:「大坂なおみさんのケースは、出生によって当然にふたつの国籍を取得し、国籍法14条に基づく日本国籍選択の宣言をしています。そしてこの宣言をした場合、16条で『外国の国籍の離脱に努めなければならない』とされていますが、これは努力義務です。政府は、外国籍の離脱は自発的に行うことが望ましいという立場で、本当に外国籍を離脱したかどうかは調査していないと国会答弁で述べています。ですから、出生による重国籍の場合は、日本国籍選択の宣言を行うことで事実上複数国籍を維持できるのです。」
スプートニク:ご自分にとってはなぜ二重国籍でいることがそんなに大事なのでしょう?
Aさん:「たぶんミレニアル世代またはZoomer精神に呼応するからでしょうね。でも僕にとってはこの二重国籍というのは自分のアイデンティティの一部なんです。
米国にも日本にも自分の家族がありますから、どちらかの国に暮らす権利が剥奪された場合、生活にはものすごく支障をきたしてしまいます。ものすごいストレスになる。」
スプートニク:お友達の中で同じ問題に直面している人はいますか? このために日本国籍を失ってしまった人はいますか?
Aさん:「二重国籍を持っている友人はたくさんいます。僕と同じく両親が日本人という。みんな同じように自分の法的立場を気にしています。
その人がそう決めた理由はJETプログラムに参加したかったからなんです。これは英語教師として日本に行って働きたい米国人むけのプログラムで、友人は日本で英語教師になりたいと心底望んで、JETプログラムに入ったんです。その際にじゃあ、日本国籍は捨ててくださいね、と言われ、彼はそれに従いました。僕は彼は大きな間違いを犯したと思っています。確かにプログラムには好条件がたくさん揃っていますよ。住まいだって、高額なサラリーだって。だからこそ彼はそれを選んだんですけど、払った犠牲はあまりにも大きい。」
日本政府はなぜ重国籍制度の変更を急がないのか?
生地主義ないし血統主義によって重国籍となった日本人も一定の抜け道を使えばこの状態を維持できることはこれでわかった。ただし二重国籍を維持できなかった人もいる。
Aさん:「僕の直観では、日本はまだ多くの点で依然としてあまりにも保守的だからじゃないでしょうか。政府は国民に自国を捨ててほしくない。人口が減少している今、特に困るのでしょう。それに閉鎖的で外界から孤立したメンタリティーも日本文化には根深い。鎖国時代からはもう長い年月が過ぎてはいますが、その時代からあまり変わっていないんじゃないでしょうか。まだまだ日本は他国と関係を結びたいとは切望していないし、出来る限り閉じた状態でいたいと思っています。ここにもうひとつ忠誠心という要素があって、これは日本にとってはすごく重要なんです。日本人であっていいから、その代わり日本人であり続けなさいよ。日本人であって、同時に外国人というのはダメだよという。
それでもですね、日本がどんなに予防線を張ったところでグローバリゼーションは避けて通れません。」
重国籍についての国籍法の規定をさらに詳しく知りたい方は、北海学園大学法学部准教授の村上 愛氏の論文の一読をお勧めします。