正栄汽船のサイトには、「私たちは、事故調査を行っているスエズ運河庁に引き続き全面的に協力いたします。VDRと呼ばれる公開情報記録装置のデータをスエズ運河庁の調査員に提出し、彼らの事故調査のために必要な検査に協力、またその他の必要なデータを提供してまいります。そして本船に残っている船員の健康状態もよく、現在行われている事故調査に協力しております」と記されている。
3月23日、全長400メートルのコンテナ船「エヴァーギヴン」がスエズ運河で座礁し、6日間にわたって他の船舶の通航を遮った。これに伴い、スエズ運河での船舶運航が停止していたが、運航は3月29日朝に再開、4月3日になってようやく400隻以上の船舶の「渋滞」は緩和された。ロンドンの金融情報サービス会社リフィニティブの評価によれば、スエズ運河の封鎖で、エジプトが徴収できなかった通航料金は9,500万ドル(およそ102億円)に上る。
しかし、コンテナ船の運用には多くの企業が関係しており、実際には、誰が責任を取り、誰が損害賠償をするべきなのか。中国からロッテルダムに向かっていたパナマ船籍の「エヴァーギヴン」は、船主が日本の正栄汽船、用船は台湾の長栄海運、オペレーターはベルンハルト・シュルテ・シップマネジメント、乗員はインド人、そして保険会社は英国のUK P&I Clubとなっている。
これに関連し、ロシアの海洋法の専門家で、ロシア連邦商工会議所の海事仲裁委員会の審判員のエレーナ・ポポワ氏は、事故のすべての原因や状況が明らかにはならない限り、事故の責任者について一義的な答えを出すことは不可能だと述べている。
「もし事故原因が船長のミスであれば、責任を取るのはその雇用主です。雇用主というのは、船主あるいは用船、または乗員の雇用がどのように行われたかによってはまた別の会社である場合もあります。乗員が正しい行動を取っていたにも関わらず、なんらかの状況が作られた、またはいくつもの要素が重なった可能性もあります。たとえば、予測不能な機械の故障の結果、制御不能になったという場合には、船主か用船のどちらが船のメンテナンスを保証していたかを特定しなければなりません。運河の整備不足による浅瀬自体に問題があった、あるいはその他、安全な航行を妨げるような障害があった可能性もあります。こうした場合には、航行を妨げた企業、またはそれを然るべき形で、時宜良く取り除かなかった企業を特定する必要があります。また第三者の損害の大部分が、運河の通航再開を待つ船舶の渋滞によるものであることに注目した場合、責任者を特定するにあたっては、それほど長期にわたって船を離礁できなかった理由を分析することが重要です。とりわけ、船の引き揚げを行なった企業の技量、努力、作業にかかった時間、そのサービスの対価の根拠なども評価しなければなりません。おそらくこの対価の支払いについては、作業の開始前に船主に説明があり、支払いの保証が求められていたはずです。つまり、すべての状況を詳細に精査し、関連した企業を明確にするまでは、責任者を一義的に特定することは不可能なのです」。
この問題の解決には2〜3年、またはそれ以上かかる可能性がある。法律事務所「インマリン」の業務執行社員、キリル・マスロフ氏は、各関係者が自発的に解決することに同意したならば、損失ははるかに少なく済んだだろうと指摘する。
「被害を被った側が、損害賠償を求める場合にできるだけその金額を多く設定するのは当然のことです。しかし、第一に運河側もリスクや責任に保険をかけています。次に、環境に対する損害を含め、運河庁の損失は正確に算出することができます。ですから、これに関してはこれから調査し、見直していく必要があります。保険会社UK P&I Clubは単なる保険会社ではなく、50カ国以上の船主を扱う相互扶助保険組織です。最後の最後まで、すべての状況を、原因究明―調査―損害額―逸失利益と、順を追って解明するよう求めると思います。事故状況調査では、風向、波向、速度、運河の幅、貨物の積載量、積載許可の手順など、あらゆる事実が総合的に考慮されます。船主、用船、オペレーターが異なっているという点については、これはごく一般的に行われていることです。まず損害賠償の請求咲きになるのは船主です。船舶または金銭での賠償を保証することができるからです。しかし、この先の原因究明、損害請求のプロセスでは、船舶の運航と安全を管理する責任の一部を担う、すべての法人が関わってくることになります」。