【ルポ】『ユニバーサル・ランゲージ展』 互いに耳を傾け、理解する力が大切
2023年3月22日, 22:55 (更新: 2023年3月22日, 23:36)
© 写真 : Aleksandr Dvoryankiユニバーサル・ランゲージ展
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サイン
モスクワのプーシキン国立美術館で、世界の言語の多様性をテーマにしたユニバーサル・ランゲージ展が開催された。文字の歴史と人間のコミュニケーションにおける書き言葉の役割を示す古文書、写本、書類、印刷物、その他数多くの希少品が展示され、これらを通じて多言語の豊かさを伝えている。
楔形文字、古代エジプトの象形文字、パピルスに書かれた古代ギリシャ文字、バナナの葉に書かれたサンスクリット文字、アラビア文字の描かれたタイル、今は使われていない言語が記された言語的遺産、古文書や条約、古い辞書や教科書などが紹介されている。また、さまざまな暗号や暗号文、世界共通語を目指したが実現しなかったエスペラント語のような人工語に関する展示品も目を引く。このほか、日本に関連する展示物も多い。
ユニバーサル・ランゲージ展のコンセプトの由来は、かつて人々が共通の言語を失い、世界中に散らばって永遠にお互いを理解する方法を探し求める運命を負わされたという古代の神話「バベルの塔」だという。現在、世界には142の語族に属する7000以上の言語が存在する。また、ユネスコによると、3422の言語が絶滅の危機に瀕している。言語の消滅は、その言語の担い手だけでなく、人類全体にとっての不幸である。なぜなら、言語は世界の文化遺産の一部なのだから。
この展覧会のコンセプトについて、主催者は次のように語っている。
「まず何よりも、人間のコミュニケーションの多様性がいかに大切か、信仰や旅、日常の儀式や継続的な情報交換を通じて相互理解を見出すことがいかに大切かを伝えるものです。世界はひとつでありながら多様であり、対等な言語と文化が数多くあることは、私たちの共通の富なのです」
ユニバーサル・ランゲージ展の7つのセクションは、異なる時代に人々がどのようにコミュニケーションをとり、どのように誤解を乗り越え、どのように日常の問題を解決し、どのように争いを終わらせ、どのように正式な合意を結び、どのように挨拶を交わし、自分自身とその時代の記憶を後世に残すためにどう苦心したかを物語っている。例えば、「聖典」セクションには、世界の主要な宗教の聖なる文書が集められている。ラテン語とスラブ語の聖書、コーラン、トーラー、ポリグロット聖書(1654 - 1657年にロンドンで出版された全6巻の9カ国語対訳の聖書)などだ。「日常的な取り決め」セクションでは、チャールズ・ディケンズの小切手帳の原本、16世紀のロシアの売買証書、ソグド語で書かれた土地契約書、古代エジプト語の離婚協定書、皇太子アレクセイがドイツの王女シャーロットとの婚姻契約の条件についてピョートル大帝に送った手紙など、さまざまなものを見ることができる。「外交」セクションでは、文化的・心理的な障壁を乗り越え、共通の言語を探し求めるという外交活動を取り上げている。平和条約、貿易協定、記念日の祝賀メッセージなど、貴重な歴史的資料を見ることができる。また、ユニバーサル・ランゲージ展に「旅」セクションがあるのは偶然ではない。コミュニケーションの方法を見つける必要性は未知の言語や伝統に遭遇したときにこそ高まるからだ。
© 写真 : Aleksandr Dvoryankiポリグロット聖書
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ポリグロット聖書
© 写真 : Aleksandr Dvoryankiスラブ語の聖書
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スラブ語の聖書
© 写真 : Aleksandr Dvoryankiソグド語で書かれた土地契約書
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ソグド語で書かれた土地契約書
© 写真 : Aleksandr Dvoryanki古代エジプト語の離婚協定書
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古代エジプト語の離婚協定書
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ポリグロット聖書
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スラブ語の聖書
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ソグド語で書かれた土地契約書
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古代エジプト語の離婚協定書
日本に関連する展示物では、大黒屋光太夫の持っていた絵手本『絵本冩宝袋』が目をひく。大黒屋光太夫は回船の船頭だったが、1782年に船が嵐でアリューシャン列島に漂着し、そこからロシアに渡った人物だ。彼がこの本を女帝エカテリーナに贈り、それがサンクトペテルブルクにあるアジア博物館の日本コレクションの基礎となった。本の余白には、所有者が書き込んだ日本語とロシア語のメモが残っている。
主展示室には、著名な書家・森本龍石とその妻がロシアでの展覧会のために制作した、エフゲニー・オネーギンとタチヤーナ・ラーリナの手紙の日本語訳の掛け軸が展示されている。オネーギンの手紙は男手による漢文で、タチアナの手紙は女手によるひらがなで書かれている。
「旅」セクションでは、19世紀末から20世紀初頭にかけてドイツに駐在した駐在武官・福島安正の馬での旅の絵を紹介している。福島は帰国の際、ベルリンからポーランドを経て、サンクトペテルブルク、モスクワ、ウラル、イルクーツク、ウラジオストクと長距離を馬で旅し、その後、満州、モンゴル、中国を経由して日本に到着した。全行程は1年4カ月であった。道中、福島はその土地や人々の暮らしぶり、軍事要塞の様子を調べ、シベリア鉄道の建設状況を観察した。1904年から1905年にかけての日露戦争では、彼のメモや観察が日本軍の役に立ったと言われている。
© Aleksandr Dvoryanki大黒屋光太夫の持っていた絵手本『絵本冩宝袋』
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大黒屋光太夫の持っていた絵手本『絵本冩宝袋』
© Aleksandr Dvoryankiエフゲニー・オネーギンとタチヤーナ・ラーリナの手紙の日本語訳の掛け軸
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エフゲニー・オネーギンとタチヤーナ・ラーリナの手紙の日本語訳の掛け軸
© 写真 : Aleksandr Dvoryanki駐在武官・福島安正の馬での旅の絵
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駐在武官・福島安正の馬での旅の絵
© 写真 : Aleksandr Dvoryanki駐在武官・福島安正の馬での旅の絵
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駐在武官・福島安正の馬での旅の絵
© 写真 : Aleksandr Dvoryanki駐在武官・福島安正の馬での旅の絵
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駐在武官・福島安正の馬での旅の絵
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大黒屋光太夫の持っていた絵手本『絵本冩宝袋』
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エフゲニー・オネーギンとタチヤーナ・ラーリナの手紙の日本語訳の掛け軸
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駐在武官・福島安正の馬での旅の絵
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駐在武官・福島安正の馬での旅の絵
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駐在武官・福島安正の馬での旅の絵
しかし、日本に関する最大の展示物は、日露初の条約締結の「証人」となった品であると、ロシア国立古文書館の副館長ユーリー・エスキン氏は語る。
「もちろん、この展覧会で最も価値があるのは資料です。しかし、記念物という意味で非常に興味深いものもあります。それは、1855年2月7日、ロシアのプチャーチン提督と日本政府全権代表の川路聖謨が日露の最初の条約(下田条約)の署名に使った漆塗りの硯箱です。これは本当に貴重な品で、今回が初公開です。漆塗りの硯箱には菊の金蒔絵が施されており、中には筆、硯、擦った跡のある墨が収められています。この硯箱は19世紀末にプチャーチン提督の未亡人から当古文書館に寄贈されたものです。面白いことに、この硯箱はこれまで壊れていたのですが、この展覧会のために漆絵修復家ウラジーミル・シモノフが修復を行い、今回、完全な状態で見ることができるようになりました」
© 写真 : Aleksandr Dvoryanki漆塗りの硯箱
漆塗りの硯箱
© 写真 : Aleksandr Dvoryanki
人類が電話、電子メール、ソーシャルメディアなど、新しいコミュニケーション手段を手にした今日でも、大切なのは方法ではなく、互いに耳を傾け、理解し合う意志と能力であることをユニバーサルランゲージ展は私たちに思い出させてくれる。