【視点】記録的円安のメリットは本当にある?日本の専門家が指摘する「誤ったトップメッセージ」とは
2022年10月25日, 19:49 (更新: 2022年10月25日, 20:43)
© AP Photo / Hiro Komaeドル/円
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先週、150円台という心理的な壁を突破した円相場は、瞬く間に1ドル151円90銭程度まで円安が進み、32年ぶりの記録的な円安水準を更新した。覆面介入を繰り返す日本政府は投機による過度な変化を容認しない姿勢だが、日本の専門家は懐疑的な味方を示している。政府が主張する「円安メリット」の中身と、円安の進行を止められない理由、また個人投資家が気をつけるべき点について、シグマ・キャピタル代表取締役兼チーフエコノミストの田代秀敏氏に話を聞いた。
円安のメリット 恩恵を受けるのは?
振り返ってみると、10月15日、岸田文雄首相は商店街を視察し「円安メリットを生かす1万社を支援」することを表明していた。これに100億円規模の関連予算が計上される予定だ。田代氏は、その中身はほとんど観光業であり、公明党と、その支持母体である創価学会を意識したものだと指摘する。
「創価学会の特徴として、例えば家族経営の旅館やホテルなどを営む独立自営業者に信者が多いことが挙げられます。『円安メリットを生かす1万社』の多くは、小規模なホテルや飲食店で、連立を組んでいる公明党の支持基盤への恩恵を考慮したものです」
10月11日から、個人の訪日旅行の解禁やビザ免除再開など、インバウンド再開に向けた取り組みが本格化しているが、中国からの観光客がほとんど来ないので、インバウンドによる利益はコロナ前に遠く及ばない。中国に詳しい田代氏は「中国の観光客の中には、お金があるのに、わざわざフェリーで日本へ行き来する人もいたほどでした。持ち込み荷物の重量制限がある飛行機を避けて、たくさんのお土産を積み込んで持って帰るためです。中国人の購買意欲は欧米人とは比べ物にならなかった」と振り返る。
「本来、円安メリットがあるのであれば、そこに国が支援をするのはおかしな話です。本当に潤っているなら支援しなくてもいいはずです。つまり、観光業は潤っていなくはないが、それでは足りないから支援する、というわけで、今回の支援は非常に政治的な理由によるものというより党利党略です。エネルギー資源が乏しく、食料自給率も高くないのに生産拠点の海外移転が進んでしまった日本にとって、経済全体を考えると、円安はデメリットの方が大きいです。ただ、デメリットを被っている会社を支援するとなると1万社ではすまないし、大企業も対象に入ってしまうので、そこは政府として支援に踏み切ることはできないでしょう」
政府の介入がどこまでも無駄に終わる理由
9月22日、日本政府は2.8兆円相当のドルを売って円を買うという為替介入を実施したが、その効果はごく短期的なものにとどまった。24日にも、1ドル150円台に迫ったところで、急速に円高に触れる動きがあった。日本政府は介入の事実を明らかにしていないが、10分間ほどの間に円が4円以上値上がったため、覆面介入が行われたのではないかとみられたが、その後は再び円を売る動きが加速した。
株式や債券と比べ、外国為替市場は桁違いに大きい、巨大なマーケットである。田代氏は、介入は一般の国民に対して、政府が「やってる感」つまり何らかの対策をしているように見せかけるポーズを見せているに過ぎないと指摘する。
「スイスのバーゼルにある国際決済銀行(BIS)が3年ごとに行う調査によると、世界全体での外国為替取引の2021年4月における1日あたりの取引額は、6兆5950億ドルにものぼります。そのうち44%はドルを相手にする取引で、これを1ドル=150円の為替レートで日本円に換算すると435兆円を超えます。そこに約3兆円を持ち込んだところで、相場の流れを変えることができないのは明白です。
むしろ逆に、日本政府が為替介入することによって、今まで円を対象にする取引に関心がなかった投資家も、円を売って儲けるようになってしまいます。外為市場は取引所がないわけですから、皆が一斉に円を売ろうとして買い手が見つからない時に、日本政府が円を買うと言えば、喜んで売りますし、投機筋は、手持ちの円がなければ、円を借りてきてでも円を売ります。彼らは、日本政府が根本的には円安を止めるつもりがないことを見透かしているわけです。
本来、日本政府が円買い・ドル売りをするだけでなく、アメリカ政府が協調して円買い・ドル売りをしてくれないと為替介入には効果がありません。しかし今のアメリカ政府は、日本の為替介入に対し、どうせ効果がないからと反対はしないけれども、協調して同時に介入することはしない、という姿勢です。アメリカは歴史的なインフレに苦しんでおり、インフレを抑えるためには、輸入物価を下げるドル高は好ましいことです。ですから、ドルを弱くするような協調介入には参加しないのです」
分散投資のすすめ
政府が積極的に円安を止めない以上、個人の資産防衛にも限界がある。
「かつては円安が進むと日本株の株価が上昇しました。でも、今これだけ歴史的な円安が進んでいるのに、株価は上がりません。金利がじわじわ上がっている、つまり、国債価格がじわじわと下がっているところを見ると、国債もじわじわ売られています。通貨安・株安・債券安のトリプル安で、まさに『日本売り』という状態です」
「その状況下で個人の資産運用を考えるとき、今からドル預金を始めるのは手遅れですし、そもそも外貨預金の手数料は安くはありません。投資信託などのパッケージ金融商品を検討するなら、パフォーマンスを注意深く調べるのが大切です。販売元が有名な金融機関だというだけで信用して買う、ということではなくて、今のような経済危機の状況下でもちゃんと利益を出せているのかを自分の目で確認することが大切です。日本人の資産のほとんどは日本の銀行への円建ての預金になっており、なかなか分散ができていません。ちょうど今年度から高校の男女必修の家庭科で資産運用を教えることが始まったところですが、今こそ、資産運用を一から勉強して、その上で自分の資産を防衛する時なのです。いずれにしても、冷静に対処するべきです」
誤ったトップメッセージ
岸田首相は、10月5日の経済財政諮問会議でも、インバウンド回復を見込んで「円安メリットを地方へ届ける」と述べているが、こういった一連の発言はむしろ誤ったメッセージであると、田代氏は危惧する。
「かつてアメリカがドル安に苦しんだ1970〜90年代、大統領をはじめ財務長官などのアメリカ政府関係者は、『強いドルはアメリカの利益である』と唱え続け、ドルの暴落を回避しました。それに対して岸田首相は、円が世界最強の通貨だった1990年代中頃のイメージを引きずっているように思います。確かに現在のトレンドであるドル独歩高は永遠に続くわけではありません。歴史に学べば、アメリカで金融危機が起きれば、ドルは下がります。と言っても150円は心理的な節目となる水準で、ここからは日本人による円売りが加速し160円の大台も見えてくる。そうならないためにこそ、首相、財務大臣、日銀総裁が一体となって『円が強くなってこそ日本にメリットがある』と力強く発言するべきなのですが、今は全く逆のことをしてしまっています」
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