【特集】ダーチャで奮闘する日本人夫が語る、予測不可能な生活の中にある幸せ 日露カップル、ロシアの日常生活を配信中!(後編)

ロシアで暮らし、YouTubeで「シンとカーチャんねる/モスクワ在住夫婦」を配信している夫の塚原秦(シン)さんと、妻のエカテリーナ(カーチャ)さんへのインタビュー後編をお届けする。シンさんは、陶芸家として活躍する妻のカーチャさんを多方面で支えつつ、自身の進むべき可能性を模索している。シンさんに、夫婦でロシアに残ることを決めた理由や、妻とのカルチャーギャップ、ロシアで実現したいことなどについて話を聞いた。
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学生時代ロシアに留学していたシンさんは、いったん帰国したが、ロシアでの暮らしが性に合っていたため、モスクワへ戻り大学院へ進学した。現地で職も見つけ、結婚し、このままロシアで穏やかな生活をするかと思いきや、ウクライナ情勢、それに伴う日系企業撤退の影響で退職を余儀なくされた。
その時のことをシンさんは「大学院に入ったとき、余程のことがなければ日本に後戻りはしないと心に決めていました。ただ、日々状況が変わるので、万が一のことを考えなければいけないと思い、カーチャのビザを取るために日本大使館に行くと、ビザ申請の大行列ができていました。日本行きビザ取得の知らせに泣くカーチャの母親を前にし、あの時は平常心を保つのがとても難しかったです」と振り返る。
2022年2月24日の段階で、YouTube チャンネルを始めてから半年ほど経っていた。シンさんが、ごく身近な人に自分の近況を知ってもらうために始めたチャンネルだったので、登録者数は500人ほど。ところが、ウクライナ情勢悪化以降は、ロシアで何が起こっているのか知りたい視聴者が急激に集まり、一本の動画の視聴回数が何十万という単位にのぼることもあった。

「帰ってこいと心配してくれる声もあれば、ロシアに残って大変な目にあっても自業自得だという声もありました。言うまでもなく、今起きていることは最悪ですし、この紛争が一刻も早く終わることを願います。ただ、ロシアのみを批判するだけでは何の解決にもならない、とも思っています。ロシアに携わる外国人である以上、ここであきらめたくないし、できる限りモスクワにいたいと思いました。撤退や休業の影響で日本人の駐在員の方が激減したこともあり、ここにいるからには、一般市民レベルで、生の情報を届けようと気持ちが固まりました」

塚原秦さん
このとき、モスクワ市内の家賃を払い続けるよりも、カーチャさんの伯母さんが、ダーチャ(郊外にある別荘)に住んではどうかと助け船を出してくれた。ダーチャは通常、都会の喧騒から離れ、夏を楽しむ期間限定の別荘として使われるが、伯母さんのダーチャはリフォームすれば一年中住める物件だったため、引っ越しを決めた。シンさんは、リフォームの進捗や、野菜の栽培、ロシア人の作業風景、一家団欒などをドキュメンタリー風に配信していくことにした。これは、自然の中での生活にあこがれる日本の視聴者の心をつかんだ。
またシンさんは、ダーチャと市内を行き来するため、日本メーカーの中古車を買った。「ルーブルが暴落するくらいなら車に変えて、ダーチャへの移動手段にしよう」と購入を決めたのだが、この不安定なタイミングで大きな買い物をする思い切りの良さはロシア人の影響を受けたのかもしれない。
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ダーチャでの家庭菜園
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ダーチャでの家庭菜園
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ダーチャでの家庭菜園
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ダーチャでの家庭菜園
シンさんが配信する動画の会話には字幕がついているので、ロシアの家庭の普段の様子やさりげないユーモアを楽しむことができる。視聴者の中には「ロシア人ってこんなにジョークが好きだったの?」と驚く人もいる。シンさんは、「字幕をつけるのは正直大変ですが、僕という日本人の目を通すことで、ロシア人コミュニティに入り込んだような疑似体験をしてもらえると思います。こうすることで、政治や軍事面だけでなく、ロシアを多角的に見てくれる人が増えるのではないか」と話す。
【特集】陶芸家の妻、カーチャさんが日本への思いを形に 日露カップル、ロシアの日常生活を配信中!(前編)
動画では、ロシア人社会に完全に溶け込んでいるように見えるシンさんだが、カルチャーギャップは避けて通れない。ロシア人と結婚した日本人がよくぶつかる壁は、親子の距離の近さ、親戚付き合いの密さ、ロシア人パートナーの計画性のなさ等である。
「日本人だったらごく普通に、自然に発想するようなことが、ロシア人には難しいことが多々あります。僕としては同じことをやるなら効率よくやりたいし、できるだけリスクを少なくしたい。ギリギリになって、お尻に火が付いた状態で焦るのは避けたいです。それに、もったいない精神もあります」と言うシンさん。一方のカーチャさんは「これって永遠のテーマなんです。シンさんは細かすぎます」と苦笑いする。
とは言え、二人は結婚生活を送るうえでお互いの価値観を理解して、少しずつ歩み寄っている。カーチャさんは「実は、シンさんの言うことは、正しいと頭ではわかっています。だから、こうしたほうがいいよと言われたとき、ちょっと自分を育てなおしているような感覚です。実際に、自分でも変わってきたなと思います。でもすぐに全部はできないですね。ロシア人なので、自分がやりたい時にやりたい、自由に大らかにしたい、と思ってしまいます」と話す。シンさんも「僕みたいな変わった外国人に、カーチャが歩み寄ってくれていることがとても嬉しいです。日本人にも、ロシア人の大らかさをプラスすればもっと生きやすくなると思います」と笑顔で返す。
現在のメインの活動は動画作りだが、シンさんは、これは将来につながるステップであり、コミュニティ作りの一環だと考えている。

「ロシアという国には予定調和がなく、例えば5年後にどうなっているかなんて全くわかりません。紛争開始直後にロシア経済はデフォルト・崩壊するなど日本のメディアは騒いでいましたが、現状では制裁を科す西側諸国のほうこそ深刻な状況が進んでいるように思えます。きっとこれからも予想したことのない、新しいことが起きるでしょう。その時に、ロシアを、どこか離れた遠くから見るのではなく、できる限り内側から見たいと思っています。先が見えなさ過ぎて、新しい発見が多いので、逆に今を生きている、という実感があります。そして、こんなに未来がわからない生活の中でも、小さな幸せを感じられると気づきました。

動画配信を続けていってどうするのか、という思いは常にあります。ただ、今、コメント欄がコミュニケーションの場になっていたりして、個人の力でもコミュニティを作れる、とわかったのは大きな収穫でした。動画配信をすることで、自然と日露をテーマにしたコミュニティができて、そこから大企業ではできないこと、新しいものを生み出す土壌や環境ができるのではないか、という予感がしています。もちろん、ロシアには日本人が理解できない精神性、文化が存在していることは確かです。でも、日露が隣国である以上、日露関係がゼロになることはないと思います。活動に自由が利く僕たちだからこそ、もがきながらも、これだ!と思えるものに出会えると信じています」

塚原秦さん
カーチャさんに、安定や保障のない生活に不安はないか?と聞くと、「全くない」と言う。「シンさんなら、どんな状況になっても、必ず手段を見つけてくれると確信しています」と笑顔を見せるカーチャさん。動画が人気を集めているのは、ロシア生活が興味深いからだけではなく、困難な状況でも、画面から二人の奮闘と信頼関係が伝わってくるからかもしれない。
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